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【日刊マンガガイド】『餅巣菓さんに呼ばれる』イシデ電

2014/09/04


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『餅巣菓さんに呼ばれる』
イシデ電 集英社 \514+税
(2014年8月20日発売)


香田くんは二十代のいわゆる草食系男子。面倒くさいことをするくらいなら恋愛はしないでもいいと思いながら、でもそれで一生を過ごすのは少し寂しいかなとも考えていたりする。
その香田くんにどうやら好意を抱いているっぽいのが、本作のタイトルにもなってる餅巣菓さんという変わった苗字の女性。パッと見たところ垢抜けてないし、ものの考え方に非常識なところがあって、普通に考えたら面倒くさいことこのうえない地雷女子。

この餅巣菓さん、本作を読み始めた心ある読者ならば誰でも気づくのかもしれないが、不思議とかわいい。
眼鏡をとったらじつは美少女とか、そういうファンタジックな設定もないわけではない。だが、その設定がなかったとしても、餅巣菓さんの魅力は伝わるだろう。香田くんに対する恋の気持ちだけではなく、あらゆるものに誠実であろうとする生まじめさ、そのひたむきな真摯さは読者の胸をきっと強く締めつける。餅巣菓さんの生まじめさは非現実的なほど不器用で、思わず笑ってしまうほど誇張されており、本作をちょっとエキセントリックなラブコメとして読むこともできるだろう。

ところで、当初は不条理なギャグとしてしか読めない「地下牢から脱出して3年」という突拍子もない餅巣菓さんの過去設定が具体的に語られ始めると、ストーリーの核心は、不器用にしか生きることのできない人、つまり普通に生きるのが下手な人が、それでも健やかに生きていくにはどうしたらいいのか、という深いテーマに接近していく。
面倒くさいことを避けて平穏に生きたいだけの、かなり恵まれている香田くんの存在は、餅巣菓さんの切実な不器用さと強烈なコントラストを生じさせる。なんの取り柄もなさそうな香田くんが、なぜ餅巣菓さんに好かれるのか、作中でいちおうの説明が餅巣菓さん自身によってされたりもするのだが、例によって非常識でイマイチ意味不明だ。
もし、非常識に生まれついた餅巣菓さんだからこそ、ヘタレた常識人である香田くんに憧れるのだと考えれば、さしあたり納得のできる構図にはなるのだが、それはちょっと乱暴すぎる解釈で座りが悪い。おそらく意味不明なまま飲みこむのがよいのだろう。

本作の著者・イシデ電は、『私という猫』、『ラブフロムボーイ』などの、やはり一見地味でありながら深い印象を読者の胸に残す傑作を発表しながら、複数の路線でマンガを描いてきた職人型の作家さんだ。
たとえば、今回の『餅巣菓さんに呼ばれる』とあわせて4冊同時刊行となった作品、特に、5歳児の主人公の眼から見た驚きに満ちた世界を描いた『みやこむーむー』と、料理のできない父親とその2人の双子の娘たちが土曜のお昼ごはんを作るために奮闘する姿を描く『土曜ランチ』では、「不器用だけど真摯に、かつ楽しく生きる」ということのすばらしさ、愛らしさに強くフォーカスした作品である。

正義と悪が戦って正義が頑張って成長して勝つ、みたいな王道路線ではないために、派手に作品を紹介することはできないが、一部の人の涙腺を確実に崩壊させ、すごく優しい読後感を与えてくれること必至な傑作を生み出している作家さんだ。噛み締めながら読みたい作品を探している読者は要チェックだろう。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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