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『アイデンティティ・クライシス』 ブラッド・メルツァー(著) ラグス・モラレス(画) 秋友克也(訳) 【日刊マンガガイド】

2017/04/24


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『アイデンティティ・クライシス』

  
IdentityCrisis_s

『アイデンティティ・クライシス』
ブラッド・メルツァー(著) ラグス・モラレス(画) 秋友克也(訳) ヴィレッジブックス ¥3,300+税
(2017年3月30日発売)


アメコミの主役であるスーパーヒーローたちにはだいたい2つの顔がある。

文字どおり“ヒーロー”として悪と戦い人々を守る正義の顔と、活躍していない時の、いわば“世をしのぶ仮の姿”“正体”という顔である。
バットマンならブルース・ウェイン、アイアンマンならトニー・スターク、スーパーマンならクラーク・ケント。

まあバットマンの“正体”がブルース・ウェインだということは公にはされていないし、トニー・スタークは自分こそがアイアンマンであることを明らかにしていたりと、ヒーローとその正体の関係は一概にはいえないのだけれど。

とまれ、ヒーローたちが普通の人として暮らす“正体”は、英語では“シークレット・アイデンティティ”と呼ばれている。
本作ではスーパーマンやバットマンたちジャスティス・リーグの面々の、そのアイデンティティが弱点として狙われることになる。

また本作で描かれる事件は、アメコミが長い歴史のなかで培ってきた“子ども向けの娯楽”という“アイデンティティ”をも危機に陥れる(タブーをおかす衝撃的な展開を描けば“大人向け”なのかといえばそんな単純なことはない。その点、本作はそんな単純で乱暴なだけの試みではないということを、読者は思い知ることになる)。

コミック版のジャスティス・リーグには、アベンジャーズのアイアンマン=トニー・スタークのように、正体を公表しているヒーローがいる。

バットマンやスーパーマンと比べたら知名度や人気は劣るが、古くからのメンバーであるエロンゲイテッドマンだ。
ゴムのように伸縮自在の身体を持ち、その姿はだいたい滑稽だ。
マイナーなヒーローではあるのだけれど、ユーモアのある好人物でもある。
仲のいい奥さんがいて、平和で幸福な夫婦生活を送っていたりする。

さて、ヒーローたちはなぜ“正体”を明かさないのか。
それは“悪の勢力が、プライベートの弱みにつけこんでこないようにするためだ”とよく説明される。恋人や両親や子どもたち、ヒーローの“シークレット・アイデンティティ”は、ヒーローたちが守るべき人々のなかでも、とりわけ守らなければならない人たちの安全に関わる。

先述のとおり本作ではヒーローたちの“シークレット・アイデンティティ”が脅かされ、子ども向けの娯楽であるとされてきたアメコミの“アイデンティティ”を揺るがす事件が引き起こされる。
ヒーローのなかでは比較的“凡人”に近い印象で描かれるエロンゲイテッドマンに感情移入したあたりで、その愛すべき妻に悪の手が及ぶことになるのだ。

くわしくはネタバレになるので避けるが、鬱展開である。

いやあ、胸糞の悪くなる展開だ。
「悲しいが、これも……オレ達の生活の一部だ」と作中で別のヒーローが呟く。
エロンゲイテッドマンの妻スーが凄惨な死を遂げたあとの、彼女の葬儀のシーンはとりわけ悲しい。

ほかのヒーローたちは正体を明かしていないから、葬儀にはコスチュームで参列することになる。 いつもなら華々しく見えるコスチュームで、だ。しかしヒーローたちはまだ敵がだれなのかわからない。 何と戦うべきなのかもわからないまま、うなだれて棺をかついで歩くヒーローたちの弱々しさは強烈だ。

本作の謎を解くヒントは「ヒーローの守るべき人々が危機にさらされるとき、だれが得をするのか」。
ジャスティス・リーグのなかでもっとも勘のいいバットマンは、作中でずっとそのことを考えているが、正解にはたどりつけない。

もしかしたら、この謎はまだ解けていないのかも知れない。
事件がいちおうの“解決”に至ったあとのエピローグで描かれるエロンゲイテッドマンの悲喜劇的な姿は胸に残る。
“ヒーローの日常”は重く、苦い。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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