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『江戸川乱歩異人館』第13巻 山口譲司 【日刊マンガガイド】

2015/10/16


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは『江戸川乱歩異人館』


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『江戸川乱歩異人館』第13巻
山口譲司 集英社 ¥562+税
(2015年9月18日発売)


今年(2015年)は、江戸川乱歩没後70周年である。
その記念すべき年に、13巻というミステリの世界においては縁起がいいとされる数で『江戸川乱歩異人館』(以下『異人館』と略す)が完結したのは喜ばしいことといえよう。

『異人館』の連載開始当時(2010年)には「生誕○○年」などの追い風的な要素はなかったことから、純粋に著者サイドの「江戸川乱歩を描きたい」という思いから始まったかと想像される。
当初の掲載誌は「ビジネスジャンプ」であったが、同誌休刊後「グランドジャンプPREMIUM」「グランドジャンプ」と発表の舞台を変えながらも連載が継続したのは、それだけ人気があった証拠だろう。

今年の7~9月にフジテレビの「ノイタミナ」枠で放送されたアニメ『乱歩奇譚 Game of Laplace』は乱歩作品を「原案」とし、舞台を現代に移した物語であったが、『異人館』はストーリーや時代設定は、乱歩の原作を忠実に再現したものである。
「忠実に再現」と書くと山口譲司がオリジナリティを発揮していないように思えてしまうが、そうではない。原作の枠組みは尊重しながらも、その内側で(ときには枠を超えて)山口は充分に「らしさ」を出しているのである。

『異人館』の特徴については、第8巻のレビュー時にも言及しているが、あえて重複をいとわずに述べると、作中に江戸川乱歩その人が登場し、名探偵・明智小五郎は乱歩の友人の「実在の人物」となっている設定の妙である。
『異人館』の各エピソードは、作中人物の乱歩が見聞・体験した「実話」とされており、そのなかには乱歩が明智から聞いたものも含まれる。こうした設定により、明智が登場しない「人間椅子」や「白昼夢」などの中短編は乱歩自身の見聞記として、『蜘蛛男』『魔術師』といった明智モノは「明智から聞いた話」として取り扱うことができるようになった。

こうした設定の採用により『異人館』は乱歩のすべての作品を取り上げることが可能となった。
これが従来の乱歩のコミカライズとは異なるところで、『異人館』において注目すべき点である。

たとえば『異人館』では「算盤(そろばん)が恋を語る話」という、これまでマンガ化されたことのない短編を取り上げている(第5巻収録)。内気な会計係の男Tが、思慕する女性(S子)の算盤にある数字をおくことで恋心を伝えて……という内容の作品である。
算盤におかれた「十二億四千五百三十二万二千二百二十二円七十二銭」という数字が、50音表で変換すると「イトシキキミ」(愛しき君)と読めるという暗号が用いられている点がミステリ的といえなくもないが、基本的には内気な男性の片思いの物語である。

だが、この「算盤が恋を語る話」も江戸川乱歩の作品なのである。そして、このような普通小説に近いものも取り上げ、マンガ化している点が『異人館』の特筆すべき点なのだ。

ところで、Tの小心な恋心は見事に成就したようで、S子との新婚生活が第11巻に登場する(「窃男」)。
そもそも「算盤が恋を語る話」には後日談は存在せず、Tの恋の行方は読者の想像に委ねられたわけだが、著者は乱歩の短編「接吻」を用いてTの新婚家庭の騒動を描いている。

このように原作をなぞって話を運びつつも、独自の結末をつけたりするのが『異人館』の特徴であり、著者が独自色を出している部分なのである(また、ある作品の主要人物が、別の作品にちらりと顔を出す――もちろん、原作にはそんな場面はない――といった「お遊び」もいくつかやっている)。

ちなみに、『異人館』の表紙には、常に骸骨が描かれているはずなのだが第9巻だけがどうにもわからない。
騙し絵的に隠れているのか(第10巻以降はその傾向が顕著になっているのだが)それとも描かれていないのか……。
ご教示をいただければ幸いである。



<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。最近では「名探偵コナンMOOK 探偵少女」(小学館)にコラムを執筆。

単行本情報

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