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『淋しいのはアンタだけじゃない』第1巻 吉本浩二 【日刊マンガガイド】

2016/06/18


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『淋しいのはアンタだけじゃない』


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『淋しいのはアンタだけじゃない』第1巻
吉本浩二 小学館 ¥552+税
(2016年5月30日発売)


『このマンガがすごい! 2012』オトコ編1位に輝いた『ブラック・ジャック創作秘話』を筆頭に、泥臭くも熱量のこもったドキュメンタリーを世に送りだしてきた吉本浩二が次なるテーマに選んだのは「聴覚」。きっかけは3.11で被災した三陸鉄道にスポットを当てた前作『さんてつ』だ。

この『さんてつ』には、トンネルに閉じこめられた“さんてつ”に残された耳の聴こえない人たちを、運転士が懸命に救助する姿が描かれている。
このエピソードに感激した聴覚障害者の方々が、著者の吉本とコンタクトをとり、彼らが主催した震災応援イベントに招いた。吉本は彼らの話を聞くうちに、聴覚障害のことをマンガにすることを決意したという。

序盤は“密閉されたガラス張りのなかに存在する”聴覚障害者の苦労が綴られる。
さらに聴覚障害とひと口にいっても、生まれつき聞こえない「聾者」、言語習得後に聞こえなくなる「中途失聴者」、わずかながら聞こえる「難聴者」と、様々なタイプがあることもわかってくる。

こうして取材を続けるなか、聴覚障害者にあの佐村河内守氏について訊いてみると、「(聴力については)ウソをついていないのではないか?」との答えが。聴覚障害は見かけではわからない。だが、聴覚障害を持つ人たちの見解なら信憑性も高まる。
吉本と担当編集者は一路、佐村河内氏が住む広島へ。そこから先は意外な展開が待ち受けていた。

じつはドキュメンタリー映画の第一人者である森達也監督が、ゴーストライター事件をめぐる一連の騒動を映画化するため、佐村河内氏に密着している最中だったのだ。
振る舞いによっては迷惑なマスコミの一部としてカメラに収まり、全国公開されてしまいかねない。
はたして吉本は佐村河内氏に会うことができたのか? それとも取材は断念するのか?
それは本編で確かめてほしい。

マンガには擬音という表現がある。電話が鳴ればプルルルル、車が通ればブオーン、ごはんを食べる時はムシャムシャ、蝉が鳴いていればミーンミーン。聾者たちが世のなかにはいろんな音があることを知るために、最適なメディアがマンガなのだ。
マンガで聴力障害を取りあげることの意義は、とてつもなく大きい。

様々な聴力障害の現実と、日本中を揺るがした大騒動をめぐるミステリー。
複雑に絡まった糸をほどきながら、少しずつ真実に近づいていく様はエンタメとしても一級品。
騒動が風化しかけている今だからこそ、多くの人に読んでほしいし、もっともっと注目されてほしい。



<文・奈良崎コロスケ>
中野ブロードウェイの真横に在住。マンガ、映画、バクチの3本立てで糊口をしのぐライター。今秋公開予定の内村光良監督『金メダル男』の劇場用プログラムに参加しております。

単行本情報

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