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『大逆転裁判』ディレクター・巧 舟氏×シャーロック・ホームズ研究家・北原尚彦氏 スペシャル対談!【総力リコメンド】

2015/07/09


ホームズというキャラの強さ

――なんと今回は北原さんに、1991年以来『シャーロック・ホームズ』シリーズが掲載されていた「ストランド・マガジン」[注12]の本物をお持ちいただいています。

 「ストランド・マガジン」は、阿部知二さん訳の本に掲載されている写真を見る程度だったので、現物が見られる日がくるとは思わなかったです。しかも「バスカヴィル家の犬」[注13]の最終回が載っている号!(写真右) それにしても、当時の「ストランド・マガジン」って残っているものなんですね。

今回北原さんにお持ちいただいた、ホームズが登場する非常に貴重な号の「ストランド・マガジン」。これには巧さんも大興奮でした!

今回北原さんにお持ちいただいた、ホームズが登場する非常に貴重な号の「ストランド・マガジン」。これには巧さんも大興奮でした!

北原 最近は値段が高くなっちゃったんですけど、残ってはいるんですよ。

 高くない時期があったんですか……!

北原 昔はロンドンの古本屋さんに行くと、ゴロゴロしていて数ポンドで買えたりしたんですよ。ホームズが載っていない号だったとは思うんですが。

 そうなのですか。それにしても本物の印刷は綺麗ですね。紙質もいいし。

北原 じつは月刊で出ていたもののほうが、さらに印刷が綺麗なんですよ。合本(半年分をまとめたハードカバー)は刷り直しているので、イラストが少し粗かったりするんです。

 ひとつの号に短篇が1編、まるまる掲載されているんですね。

北原 「ウィステリア荘」[注14]など、短編で前後編にわかれて掲載されたこともまれにありますが、基本的には短編は1話まるごと掲載ですね。「バスカヴィル家の犬」などの長編は連載です。

興味深そうに「ストランド・マガジン」を読む巧さん。紙の質感も、じっくりご確認されていました。

興味深そうに「ストランド・マガジン」を読む巧さん。紙の質感も、じっくりご確認されていました。

 今回ゲームの製作にあたり、ホームズについて調べていくうちに知ったのですが、ホームズが「ストランド・マガジン」に登場してから、ライヘンバッハの滝[注15]に落っこちるまでの期間って、ほんの2年か3年なんですね。

北原 そう! わりと早いんですよ。

 のちに「空き家の冒険」で復活するとはいえ、それくらいの期間の作品が100年の時を越えて残っていることに、ロマンを感じました。しかし、本当に滝に落ちてよかった。もしホームズの死体が人目に触れる場所で発見されていたら、どうしようもないですからね。復活できない(笑)。しかし、ドイルさんとしては、どうだったのでしょうね。ホームズが亡くなったとき、ロンドンは大騒ぎだったそうですが。

北原 喪章をつけて歩いていた人もいたらしいですからね。『シャーロック・ホームズ』シリーズって、キャラクター小説の成功した元祖だと思います。

 今回、『大逆転裁判』というゲームのなかにホームズを登場させるということで、ゲーム中で、彼の影響力の大きさを抑えるための線引きがたいへんでした。

北原 『大逆転裁判』は、ホームズのズレた推理を、うまく最後にナルホドくんに整理させるという構造が、おもしろいですよね。

 無茶なコトをいうホームズなのですが、あまりに無茶すぎて、本当はもしかしたら、真相を見抜いているのかもしれないと思わせるところが、彼の得体のしれない奥の深さなのかな、と思います。でも、無茶なことを言い放ったまま、龍ノ介くんに丸投げしてしまうという……。

北原 すばらしい。いろんなキャラクターのクロスオーバー集合物などでは、ホームズが全部事件を解決しかねないから、あまり出してもらえなかったりするんですよ。

 みなさんホームズの描き方にはさまざまな工夫をされていますよね。ところで、北原さんが原作で一番お好きなホームズは、どの作品でしょうか?

北原 ああー、ついにこの質問が……! 長編では「バスカヴィル家の犬」が一番おもしろいかなと思いますが、短編から選ぶのは難しい……!

 では、どういった傾向の作品がお好きなのですか?

北原 すごくざっくりいうと、だいたいファンのベストに入りやすい『シャーロック・ホームズの冒険』[注16]に入っている作品がどれもおもしろいと思うんですが、最後ということでネタが切れてきたせいか、トンデモ作品も収録されている『事件簿』も、私は好きなんですよ。『事件簿』はシャーロッキアンの間だと評価が低いんですが、個人的には「ええー!こんなおもしろい変な話あるのに!」って思っています。

やっぱり人気が高い作品が多く収録されている短編集『シャーロック・ホームズの冒険』は、ホームズ入門書としてもおすすめ!

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 僕ももちろん『冒険』がお気に入りなんですけど、『冒険』以外に収録された短編でいうと、「瀕死の探偵」[注17]が好きです。ホームズさんって、本格ミステリもあれば、こういう変化球があったり、はては怪奇ものもあったりと、幅の広さがいいですよね。

北原 そうですね。「本格ミステリ」というカテゴリすらなかった時代に描かれているので、「バスカヴィル家の犬」だって途中まで完全に怪奇小説テイストで書かれていますし、「這う人」[注18]だって、薬を飲んで×××(※ネタバレのため伏字にさせていただきます)になるというトンデモなお話です。パスティーシュですが、「シャーロック・ホームズ対切り裂きジャック」とか、「シャーロック・ホームズ対ドラキュラ」とか、そういう突拍子もないアイデアですらアリにさせてしまうシャーロック・ホームズおよび、当時のヴィクトリア朝[注19]の懐の広さには頭が下がります。それゆえに、ホームズはずっと愛され続けているのだと思います。

――北原先生には、今回『大逆転裁判』のうち、ホームズが登場する第2話を体験していただきましたが、今後ゲームに登場してほしいキャラクターやモチーフなどがあれば、おうかがいしたいです。

北原 マニアックなところでいくと、やはり「這う人」に出てくる×××などを出してほしいですね。シャーロッキアンが「そのネタ使うの!?」ってビックリするような(笑)。キワモノとされがちなものを、ちょっとしたところで出すだけでも、シャーロッキアンは喜びますから。

 このネタはこう出てくれたらうれしいという気持ちは、僕もホームズ好きとしてはありますね。ありがとうございます。いただいたご意見、胸にしまっておきます。

――巧さんからは、シャーロッキアンの方々へのメッセージをお願いします。

 『大逆転裁判』は、『逆転裁判』の新しいもうひとつの形として作りました。『逆転裁判』シリーズを遊んできた方はもちろん、これまでシリーズをプレイしたことがない、ミステリ好きの方にも手にとってほしいと思っています。僕はそもそも、ホームズからミステリの世界に入って、ミステリのゲームが作りたいと思ってこの業界に入りました。
本格ミステリのゲームを作りたいという1つ目の夢が叶ったのが『逆転裁判』。
今回、シャーロック・ホームズが登場するゲームをいつか作りたいという、2つ目の夢をやや強引に叶えたのが『大逆転裁判』です。ぜひ、シャーロッキアンの方にも遊んでいただいて、感想を聞かせていただけたらうれしいです!

約1時間にわたるシャーロキアン対談を終えて、満足げな表情を浮かべる北原さんと巧さん。今後もお2人のご活躍に注目です!

約1時間にわたるシャーロキアン対談を終えて、満足げな表情を浮かべる北原さんと巧さん。今後もお2人のご活躍に注目です!


  • 注12 「ストランド・マガジン」 1891年から1950年まで出版されていたイギリスの月刊誌。コナン・ドイルによるホームズ作品のうち58作が掲載されており、当時驚異的な売り上げを記録したという。
  • 注13 「バスカヴィル家の犬」 アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』シリーズの長編のひとつ。魔犬に呪われているといわれるバスカヴィル家の当主、チャールズ・バスカヴィル卿が奇怪な死を遂げる。依頼を受けたシャーロック・ホームズが、ワトソン博士とともに謎を解明する。
  • 注14 「ウィステリア荘」 アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』シリーズ『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』に収録されている短編。ウィステリア荘という屋敷が一夜にしてもぬけのからになり、主人が突然他殺死体で発見される。めずらしく、短編なのに二部構成になっている。
  • 注15 ライヘンバッハの滝 アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』シリーズ『シャーロック・ホームズの思い出』に収録されている短編「最後の事件」で、ホームズが、宿敵モリアーティー教授と相討ちになって、滝つぼに落ち、死んだとされた場所。
  • 注16『シャーロック・ホームズの冒険』 アーサー・コナン・ドイル『シャーロック・ホームズ』シリーズの最初の短編集。1891年7月から92年6月まで「ストランド・マガジン」に掲載されていた12篇が収録されている。ちなみに、当WEBサイトの編集長Sのオススメは、「ボヘミアの醜聞」。ホームズが唯一認めた女、アイリーン・アドラー(悪女)がじつに美しく描かれるのだ。
  • 注17 「瀕死の探偵」 『シャーロック・ホームズ』シリーズの第4短編集『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』に収録されている短編。正体不明の感染病に冒されたホームズが、絶体絶命のピンチのなか、事件の解決に挑む。
  • 注18 「這う人」 『シャーロック・ホームズ』シリーズの5つ目の短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』に収録されている短編。原題は「The Adventure of the Creeping Man」で、「這う男」と訳されることもある。若い娘との再婚を前に、初老の大学教授・プレスベリーは、廊下を這うなど奇怪な行動をとり始めたと、プレスベリーの助手・トレヴァーから相談を受けたホームズは、さっそく調査に赴く。じつはプレスベリーは再婚を控えて行った対処のため×××(※ネタバレのため伏字にさせていただきます)になっていた……。
  • 注19 ヴィクトリア朝 ヴィクトリア女王がイギリスを統治していた1837年から1901年の期間。64年近い在位期間は、歴代イギリス国王の中でもっとも長い。繊維工業をはじめ、著しく産業が発達したイギリスは、「世界の工場」と呼ばれた。

取材・構成:山田幸彦

『大逆転裁判』公式サイト

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