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『匿名の彼女たち』第3巻 五十嵐健三 【日刊マンガガイド】

2015/05/29


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『匿名の彼女たち』第3巻
五十嵐健三 講談社 \562+税
(2015年5月1日発売)


主人公が全国の色街をめぐって、さまざまな風俗嬢たちとあいまみえていく……。
そう書けば、マンガ好きが思い浮かべるのはオットセイと貝でおなじみの、横山まさみち『やる気まんまん』のようなノリと世界観だろう。

ただ、五十嵐健三『匿名の彼女たち』は違う。
すでに使い古された言いまわしだけれど、“肉食”“草食”という言葉を使うなら、“草食”だ。草食世代の風俗探訪マンガ。そんな風にもまた見えるかもしれない。

主人公は、中堅商社に勤務する山下貴大。33歳。独身で彼女なし。
見栄えは悪くないけれど、あかぬけているわけでもなくて、オクテということもないけれど、積極的ということもない。
さらに言えば、性に対する好奇心は旺盛にしても、人一倍、精力が強いわけでも性欲がみなぎっているわけでもない。いわば、等身大の30代男子。

そんな彼にとって、唯一の趣味が風俗だ。
出張先、会社帰り、接待で、様々な風俗を訪れて、各地の性とシステムを体感することが日々の張り合いとなっている。
最新第3巻で彼が訪れるのは、奈良の宝山寺や川崎の堀之内新地、香川の八重垣新地。ほか、3PやM性感、人妻ヘルスなどを体感することになる。

全国各地の色街や最新の風俗のガイドという側面もある『匿名の彼女たち』だが、本作か新しくおもしろいのは、むしろネガティブでナイーブなところこそ描いてる点だ。
女性やシステムに対するダメ出しではなく、男が性交と女性に抱えるネガティブでナイーブな思い。もっと言えば、下世話な話、射精後の気まずさと切なさか。
満たされなかったとしても裏切られたとしても、肌を合わせた女性にそれでも残るわずかな愛情。そんなものが匂い立つ。

現在、仕事としてAV女優を選んだ女性たちの心の内を描く作品がマンガ・ノンフィクション問わず多いが、本作はその逆サイドなのだとも言える。
性の仕事を選んだ女性を抱く、男の胸の内。決して性欲だけでも、好奇心だけでも割り切れない思い。
性欲よりも風俗研究といった趣味性=マニアックさが際立つところで、本作は肉食な印象は薄れる。ただ、それだけじゃなく、男の心の内にまで踏みこんでしまっているから草食なのだ。
そしてつまるところ、男はよくも悪くもナイーブ。女性はしたたかで優しくて強い。

風俗を通じて、そんな真理が描かれているところも、本作の味わい深さだ。



<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Autumn」が9月17日に発売に。『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』パンフも手掛けています。

単行本情報

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