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『昭和元禄落語心中』 第10巻 雲田はるこ 【日刊マンガガイド】

2016/10/13


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『昭和元禄落語心中』


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『昭和元禄落語心中』 第10巻
雲田はるこ 講談社 ¥581+税
(2016年9月7日発売)


はじめに落語についてひとつ。
『昭和元禄落語心中』の主要キャラクター全員が作中で口演する演目がある。
それは「野ざらし」だ。

本作中、幼少時の小夏が日銭稼ぎのためにそば屋で披露し(第4巻)、菊比古と助六はリレー形式で演り(第4巻)、真打昇進が決まった与太郎は師匠宅の縁側で小夏に演ってみせた(第5巻)。
この「野ざらし」という噺は、二代目林家正蔵(生没年不詳、1839年に正蔵を襲名)の作と伝えられている。しかし最初は、釣り人が野ざらしのドクロを回向(供養)するだけの、ごくさびしい噺だった。
これを陽気な滑稽噺へと改作したのは初代三遊亭圓遊(1850~1907)である。明治中期、「ステテコの圓遊」がこの噺を大幅にリニューアルした。
また、噺のなかで「尾形清十郎」という人物が登場するが、これは二代目三遊亭圓生(1806?~1862)の本名「尾形清次郎」からのもじりであったりする。

この一例からもわかるように、落語は演者から演者へと口伝されていく過程で、噺の筋そのものが変わったり、くすぐり(ギャグ)を入れたり、時代や観客のニーズにあわせて変化してきた歴史がある。
「伝統芸能」という言葉からは、古いものを頑なに守り続けているようなイメージを抱きがちだが、落語はしなやかに姿を変えながら伝統を受け継いできた。
だが、「ひとり芸」の演芸を、口伝という不確かな手段で受け継いでいくのは、きわめて不安定な行為である。それはまるで、か細いロウソクの火を継いでいくような作業だ。
時に火が燃え盛ることもあるが、時には消えいりそうになることもある。

『昭和元禄落語心中』で描かれる落語の世界は、折悪く、ロウソクの火がいまにも消えそうになっている。そして落語界の第一人者・有楽亭八雲は、自分の代でこの火は絶えてもいい、自分は落語と心中してもいい、とさえ思っていた。

そこに現れたのが与太郎だ。
与太郎はなかば強引に押しかけ、消えそうな火を無理やり自分のロウソクへと継ごうとする。

そう、『昭和元禄落語心中』とは、継承の物語なのである。
芸を、名跡を、そして情を、人から人へと受け継いでいく物語なのだ。
「情」という言葉の備わった感情ばかりではなく、まだ言葉になりきっていないような名状しがたい思いも含め、反発と受容を繰り返しながら、受け継いでいく。

最終第10巻では「初天神」や「死神」などのシーンが描かれるが、それはだれから受け継いだものだろうか。そんな視点で本作をイチから読み返し、演者の芸(コマ割や台詞)を見比べたり、高座名の変遷を調べてみるのも楽しい。
そしてさらに、菊比古(=八雲)、助六、小夏、与太郎(=三代目助六)以外にも、この10巻ではある人物が「野ざらし」を口演する点にも注目したい。それを契機に、うららかな春の日の穏やかさから一転、チェンジオブペースして、物語は一気にクライマックスへと突入していく。
いったいどこに連れていかれるのかと不安になる物語展開に、読者はすっかりと引き込まれてしまうだろう。
そして気づく。この展開力こそ落語的なスピード感なのだ、と。また、クライマックス突入後に描かれる幻視的風景が、まさに「落語国」と呼ぶにふさわしい世界観で構築されている。
この『昭和元禄落語心中』という作品は、徹頭徹尾、落語的であったのだ。

落語も『昭和元禄落語心中』も、喜怒哀楽を、生老病死を語る。欲望や見栄をつまびらかにする。
それはあたかも人の営みに寄り添うかのようである。
ラストのシーンからは、デデケ、デデケと追い出し太鼓が聞こえてきそうだ。
われわれ読者は、次代へと継がれたロウソクの火を思い浮かべ、次の幕が上がるのを心のなかに思い描く。
なお、作者の次回作『舟を編む』(原作は三浦しをんの同名小説)は、講談社「ITAN」34号(10月7日発売)から短期集中連載が決定している。
おあとがよろしいようなので、本稿もこれまで。



<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama

単行本情報

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