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『Marieの奏でる音楽』 古屋兎丸 【日刊マンガガイド】

2016/05/07


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『Marieの奏でる音楽』


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『Marieの奏でる音楽』
古屋兎丸 太田出版 ¥1,600+税
(2016年4月19日発売)


古屋兎丸が2001年に発表した長編作品『Marieの奏でる音楽』が、15年の歳月を経て復刻された。

空に浮かぶ大きな女神マリィに守られた、ピリトの地。
工房の町・ギルに住む少女ピピは、この地に満ちる音楽をただひとり聞くことができる少年カイに、一途な思いを寄せている。

穏やかで争うことのない人々、物々交換で成り立つ世界、人々が崇める「女神マリィ」の謎……。原始共産主義的なユートピアを喚起させつつも、独創的な文化や風習で彩られた彼らの暮らしぶり、圧倒的画力による幻想的でシュールな世界観も どこか宮崎駿アニメを彷彿させるものがあり、ぐいぐいと引きこまれる。

しかし本作を、たんに「文明社会への風刺を盛り込んだファンタジー」とだけ解釈していたら、物語は思いもよらない壮大な世界へと飛躍してゆく。
年に一度、世界中の言葉・習慣・教義のちがう人々が巡礼地に集まり、マリィでひとつにつながる日。
「マリィの愛し方はそれぞれ違う」
「マリィに対する信仰心は同じでも土地によって教えや祈り方はまったく違う
 それぞれのやり方で幸福を祈る」
という作中のモノローグは、宗教戦争という名のテロが頻発する今だからこそ、深く突き刺さるものがある。

「私達は技術を極めることで人間の限界を知り、神に対する尊敬を深めるのだ」と常々口にしていた礼拝者が、優しさを産み、この地に恵みをもたらしたはずの「知恵」によって人々を諍いへと駆り立てられてゆくくだりで発する、
「人間は神の領域に近づきすぎたのですか?
 あなたは人間にある一線を越えた技術を持たせないようにしているのですか?」という切実な叫び。
マリィの胎内に取りこまれ、人類の選択を担わされたカイが目にする、宇宙のように壮大で、森のように複雑かつ神秘的な、機械で構築されたマリィの胎内描写は圧巻!

どんでん返しにつぐどんでん返しを経て、最後の一章まで読み終えた時に、ようやく世界の全貌が明らかになり、せつなくも崇高な愛の物語が立ち上がってくる。
その極めて感覚的かつ形而上学的な物語の構造たるや、昨今の日本の文学なんぞ足もとにも及ばない、楳図かずおの諸作とタメをはるすごさ!

「古屋兎丸=エログロ」というイメージを持っている人も、だまされたと思って読んでほしい。
きっと、いまだかつてないマンガ体験に出会えるはずだ。



<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、ミニマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69

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