『ビーンク&ロサ』
模造クリスタル イースト・プレス \822+税
(2015年3月15日発売)
「マンガの最前線」という言葉が完全に無効化するほど、作家も読者も価値基準が拡散・多様化して久しい現代を自覚しながら、それでもなお、ときとして「こんにちは。あなたマンガに興味があるんですか? ではこれをどうぞ。マンガの最前線です」と(あるいは「あなたはマンガに興味がないんですか? ではこれを読んでみてください。マンガの最前線です」と)さしださずにはいられない作品が存在する。
まるでそうした欲望を正当化するかのように、『ビーンク&ロサ』の物語は、終着点から出発する。
作品冒頭で電車を乗り間違えて終着点へ連れてこられた時、少女・ロサは少年・ビーンクへ向け最初の台詞を口にする。
「もうこの先はないですよ」
他方でとうのビーンクは電車が怖い理由をこう語る。
「いーっぱい駅はあるのに、目的地となる正解の駅はひとつだけ。いろんな人がいろんな駅にそれぞれ帰っていくけど…そのどれにもついて行っちゃいけない」
こうした世界のなかにおいて、『ミッションちゃんの大冒険』『金魚王国の崩壊』といったWebマンガで実験と詩情の限りをつくしたアーティスト「模造クリスタル」は、商業デビュー作の第1話目で「ここが目的地でない以上、引き返す以外、道はありません」と宣言させる。
事実、『ビーンク&ロサ』が与える印象は、これまでの模造クリスタルの作品とはいくつかの点で異なっているだろう。
エピソードごとに画風を大きく切りかえるといったテクニカルな操作は踏襲されても、荒々しく叙情的だったタッチは読みやすくクリンナップされ、自己批評的で寓意的な物語は変わらずとも、イメージの生々しい手触りはやわらぎ、より広い読者へと開かれている。
「挑戦し続けるのです、ビーンク。反対の電車に乗るのです、ビーンク」
再出発した先にある、彼が降りるべき他人とは違う目的地は、まだわれわれには見えてこないかもしれない。
しかし『ビーンク&ロサ』が示しはじめた模造クリスタルの新たな歩みは確かに、その窓からわれわれに見たことのない光景を覗かせ、ことによってはまた別の終着点へと連れて行ってくれるのではないかという期待をもたらすものだ。
最終話の、電車のなかで、怪人・シャドウクロールはロサへ向かってこう語りかける。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。これはね…新しい始まりなの!」
<文・高瀬司>
批評ZINE「アニメルカ」「マンガルカ」主宰。ほかアニメ・マンガ論を「ユリイカ」などに寄稿。インタビュー企画では「Drawing with Wacom」などを担当。
twitter:@ill_critiqeu