日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『水木しげるの日本霊異記』
『水木しげるの日本霊異記』
水木しげる KADOKAWA ¥1,500+税
(2015年9月2日発売)
『日本霊異記』とは、日本最初の仏教説話集である。
簡単に言えば、仏教の教えを広めるための物語群といえる。合計116話が収録されており、「水木サンはその中からオモチロイと思うものを選んで漫画にしようと考えたわけです」。
それが本作『水木しげるの日本霊異記』だ。なにしろ水木サンが選ぶのだから、妖怪とか怪異が出てくるストーリーばかり。
「がごぜ 元興寺」、「どくろの怪」、「閻魔大王の使い」、「牛になった話」、「蛇執(じゃしゅう)の怪」、「鷲にさらわれた赤子」、「不思議な観音様」の全7編で、タイトルを見るだけでも「オモチロそう」なラインナップである。
古典文学がもととはいえ、各話の狂言回しとして『ゲゲゲの鬼太郎』でおなじみのネズミ男や目玉おやじ、さらには水木サンご本人が登場してくるので、あまり身がまえず「あたらしい水木サンの妖怪マンガ」と思って気軽に手に取るといい。
『日本霊異記』は前述のとおり仏教説話集なので、当然のことながら本作の7編も、教育・道徳的な側面や、親子の情、因果応報といったテーマが存在する。
しかし、「これってハッピーエンドなの?」「その結末でオチがつくの?」とポカンとしてしまう部分もある。
それはそうだろう、なにしろ9世紀に成立した仏教説話なのだから、現代人の感覚とズレが生じるのは仕方ない。
むしろその差異を、へんに現代的に解釈するのではなく、わからない状態のままゴロンと提示してくるのが『水木しげるの日本霊異記』のスゴイところ。
こうした時代感覚のズレと、人間と怪異がボーダーレスな世界に同居している不思議な世界観が相まって、まるで狐につままれたような、読者自身が怪異に遭遇したような読後感に包まれる。
そして『水木しげるの遠野物語』同様、水木は狂言回しとしての職分を越境し、物語に関与してくるのだ。
しかし、「そんなことはどうでもいいのです」というボーダーレス感、渾然一体感が発揮されて、人間も妖怪も怪異も時代も超えて、すべてが水木ワールドの内に収まる。
いや、内容についてもさることながら、御年92歳の水木サンの作品を2015年現在でもリアルタイムで読めること自体が、すでに怪異体験なのかもしれない。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama