日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『このマンガがすごい! comics 大市民傑作集 ラーメン美味し! 編』
『このマンガがすごい! comics 大市民傑作集 ラーメン美味し! 編』
柳沢きみお 宝島社 ¥590+税
(2017年5月15日発売)
ラーメンに感激!
『大市民』の小市民的愉悦がいとかわゆし!
柳沢きみおといえば、『翔んだカップル』、『特命係長只野仁』などで、青年誌を中心に活躍する人気漫画家だが、彼の自伝的エッセイマンガ『大市民』は掲載誌やタイトルを変えながら1990年から連載開始。25年に及ぶ長期連載で、本人もライフワークと位置づけている作品だ。
『大市民』は、柳沢きみお本人がモデルと思われる小説家の主人公・山形が日常の生活のなか、「美味し!」な庶民派グルメに舌鼓をうち、同じアパートの住人たちの細やかな愚痴の相談に乗ったり乗らなかったり、酒でごまかしたりする姿がエッセイ風に描かれている。
行くあてもないひとり者が山形の部屋にあがりこんでなし崩し的に飲みになる姿は、落語の八っつぁんや熊さんが泣きつく、長屋の大家の立ち位置と同じだ。
彼ら住人がせせこましくも愛らしい“小市民”で、山形はそれを受け止める“大市民”という役回りなのだろう。
……が、この大市民たる山形先生だが、鍛えられた肉体やスポーツカーを愛好するダンディさをことあるごとにアピールし、世のなかの歪みを嘆いてはいるものの、目の前でうまくいかない現実に駄々をこねる住人たちと、ラーメン、そしてビールの魔力にはからきし弱い。
結局のところ、キンキンに冷えたビールをガッとあおって「美味し!」と叫ぶ瞬間の快楽に身を委ねる瞬間は、愛らしいただのおっさんに早変わりしてしまう。
5月15日に発売の本作『このマンガがすごい! comics 大市民傑作集 ラーメン美味し! 編 』は、大市民のなかでも特にラーメンについて語り、食べた回を集めたオムニバスだ。とんこつラーメン腹のところに博多ラーメンの細麺にがっかりし、ネギラーメンに歓喜、雪国で食べる格別のカニとラーメン……と、全編ラーメンづくし。塩分のとりすぎを妙に気にしながらカップ麺と酒の組みあわせをやめられない気持ち、わかります。
当然、ラーメンに対するうんちくはほとんど無く、酒を飲んだ帰りにラーメン屋に吸いこまれ「美味し!」ともくもくとおかわりを頼んだり、ギョーザのタダ券をもらい得したと喜んだりと、小市民ぶりがいじましいんだ、これが。
さっきまでアパートの連中と家で飲んでいたのに、ラーメン屋にはひとりで黙って行く山形先生。ワインの美味しい飲み方は住人に披露するのに、ラーメンに行く時はほぼひとりというのもポイントが高い。
日本の風潮に対して怒っているまだまだ若い一面と、何か最初から諦めているような中年の哀愁という一面とがないまぜになって、自己イメージであろう「ダンディ」という枠を踏み外した泥臭さをまとっている本作。そのなんともいえないペーソスごと、ビールとラーメンで飲みこんでいく『ラーメン美味し! 編 』は、昨今のグルメと人情話を絡めたグルメマンガとも違う不思議な味わいがある。
いってみれば、超有名店の行列ラーメンでも、愛情を込めた手作りラーメンでもない、最寄り駅のなんとなくよく行く店の、ありきたりなのに替えのきかないラーメン。こだわりと妥協のマリアージュが生む癒やしの空間がそこにある。
ラーメンからは離れるが、本作のなかで一番笑ったのが、鳥山明『ドラゴンボール』が完結したときの感想。
彼は現代の手塚治虫になると思っていた……とかなぜか海辺でたそがれて主張しているんだけど、その書きっぷりは完全に同じマンガ家のものとは思えないただの愛読者の感想!
ライバル心とかがいっさいなさすぎて、たそがれてるのに屈託なさすぎるよ!
<文・久保内信行>
編集ライター。40歳になり、なんで自分はすべての深夜アニメを義務のように見ているのかについて飼い猫に相談する日々。