『畳の花道』第1巻
瀬口忍 ヴィレッジブックス \745+税
(2014年12月9日発売)
格闘技の魅力のひとつには、まちがいなく“物語”の魅力がある。
ほかの競技にも言えることかもしれないが、選手がそれぞれに背負っている物語が、ファイトやプレイ同様に、ファンを魅せる。
闘わざるをえない理由。その理由こそが格闘技がおもしろい理由でもある。
本作『畳の花道』は、『囚人リク』で知られる瀬口忍のデビュー作。
「劇画マッドマックス」(今は亡き真樹日佐夫御大が原作を担当した『新☆四角いジャングル』も掲載されていた雑誌!)に連載されていた格闘マンガ。
「幻のデビュー作の初単行本化」というニュースを、ネットで見た人も多いかもしれない。
本作のサブタイトルは、“プロレス格闘技界世界最強決定”。主人公となるのは、元・柔道家の尾地康樹と、元・俳優の乾照だ。
2人の出会いは、少年時代。いじめられっ子だった康樹は、照の決して挫けず負けない姿を見て、自分も強くなろうと照の父の道場で、柔道を習い始める。
それから20年、康樹は対戦相手を結果として死に至らしめてしまったことで、柔道を捨てて総合格闘技の道へ。一方、人気俳優となっていた照だったが、康樹を柔道界に連れ戻して金メダルの夢を叶えさせるため、自ら柔道家となることを決意する。
しかし照は、心臓に持病を抱えていた……。
国内無敵のプロレスラー・鷹田典彦と、最強「ウレイジー柔術」の雄・ヘクソン=ウレイジーの“人類最頂上決戦”が始まりの「ライオンキングス」というイベントが本作には登場するが、これはもちろん高田延彦とヒクソン・グレイシーが初興行で闘った「PRIDE」がモデルだ。ほかにも、実在の選手や関係者を思わせるキャラクターが登場する。
ただ、本物の格闘技をなぞっているから、本作は格闘技マンガたりえているわけじゃない。そこにきっちりと格闘技のスピリットと、選手たちの物語があるからこそだ。
もともと気弱で繊細な康樹。だからこそ彼は柔道には戻れないと総合格闘技へ進み、そこで悪になりきって、強さを得ようとする。
反対に、もともと強気で豪胆な照。彼は康樹のために地位も名誉も捨てて柔道家を目指し、そこで醜態をさらしきって、弱さを見せつけてしまう。
肉体的な意味で強いのは照より康樹だとしても、精神的な意味で強いのは康樹より照のほうだ。それでもそれぞれ闘い続ける。そうするしかないからだ。
ほかの選手、彼らを取り囲む男たちにも、またさまざまな闘う理由、物語がある。
重たく悲壮感漂う話と思われるかもしれないが、本作は軽妙でコミカルな作品でもある。
豪胆な男たちの姿が大胆に描かれていて、だからこそ影も際立つ。
軽妙な重厚さ、シリアスなコミカルさが、滑稽なまでに本気で格闘技に打ち込む男たちの悲哀とカッコよさを照らし出す。
幻のデビュー作で描かれた“物語”。その物語はマンガとしても間違いなく人を魅了するだけのもの。
マンガファンも格闘技ファンも、ぜひ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Autumn」が9月17日に発売に。『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』パンフも手掛けています。