『VANILLA FICTION』第6巻
大須賀めぐみ 小学館 \571+税
(2015年3月12日発売)
本書は、世界を終末から救うため、ひとりの男が仲間とともに、追跡の手を逃れながら目的地を目指す物語である――とストーリー自体は典型的な冒険物なのだが、その物語の舞台設定などが特異で、それが本書のおもしろいところなのである。
主人公は佐藤忍というベストセラー作家。ただし、彼は腕っ節が強いわけでも、カリスマ性があるわけでもない。小説を書く以外には能がない、と言って過言ではない青年だ。
さらに書く小説がすべて「バットエンド」になってしまい、作品は売れているものの、いきづまり感を自覚している。
その佐藤が、エリという少女とともに、日本海に浮かぶ羽白島の北端の岬でクッキーを食べると世界が救われるのである。
「なんだそれは!」と思われるかもしれないが、作中ではそれは「カオス理論」により理屈づけられている。
「2人がクッキーを食べたことによっておこる、小さな出来事が、連鎖し、連鎖し、連鎖し、その結果、世界は救われるんだ」というわけである。
こうした設定を語るのは、チャラい雰囲気の青年・太宰治(ちなみに、太宰治という名は、その青年の「人間失格」とも言うべき振る舞いを見て、佐藤が名づけたもの)。
太宰によると、エリを羽白島まで連れていくのは、神様が仕掛けた「双六」のようなもので、彼はその介添人だという。そして「双六」という以上、プレイヤーはほかにもおり、相手が「上がる」のにもエリが必要となる。
そして、この「双六」では相手がゴールすれば、敗れた側のプレイヤーと介添人は命を失うルールになっているという。
そこで生命を賭けたエリの争奪戦が始まるわけだが、佐藤にとっての武器は自分の頭脳だけだ。だから佐藤は、窮地におちいると敵を主人公として、相手の「バッドエンド」を考え抜くことで危地を脱する。
こうした頭脳戦が、本書の魅力なのである。
ところで、「双六」のもうひとりのプレイヤーは、刑事の鞠山雪彦であった。
彼は、好きなケンカをどれだけしても罰せられないという理由で警察官を志望した一種の人格破綻者だが、その一方で息子・駑螺慈恵(どらじぇ)を溺愛するよき父親でもある。
こうした独特のキャラクターを持つライバルの存在が、物語に深みを持たせている。
こうした対決物の場合、読者は主人公(今回でいえば佐藤忍)に感情移入するものだが、本書の場合は、ライバルである鞠山雪彦も魅力的で、どちらが敗れても読者にとっては「バッドエンド」ともいうべき状況になっている。
そうしたなかで、大須賀めぐみはどのような結末を用意しているのだろうか。次巻以降の展開に期待したい。
ちなみに、この6巻ではタイトル『VANILLA FICTION』の意味がはじめて明らかにされる。
そうした意味でも6巻は重要な巻だといえるので、未読の方はここで追いついておいてほしい。
<文・廣澤吉泰>
ミステリ漫画研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。