『凍りの掌 シベリア抑留記 新装版』
おざわゆき 講談社 ¥880+税
(2015年7月27日発売)
著者の実父のシベリア抑留体験を描いた本作。
2008年に同人誌として発表され、2010年に全3巻で完結。2013年にそれを一冊にまとめたものが小池書院から商業販売されたが、今回発売された本書はその新装版にあたる。
太平洋戦争にまつわる悲劇は多々あれど、シベリア抑留は死者30万人を超える規模にもかかわらず、当時ソ連が社会主義国だったため、いまだ不明の部分が多く、資料もほとんどない状態だという。
筆者自身、なんか聞いたことはあるけど……程度の知識しかなかったのだが、マイナス30度の極寒の地で食事も休養も満足に与えられないなかでの苛烈な労働、赤化教育に吊し上げ、リンチ……など、想像を絶する事実に絶句。
素朴であたたかな絵柄も、かえって平凡な人々がいやおうなく人間性を略奪されてゆく残酷さや絶望感をかきたてる。
今年、70回目の終戦記念日を迎えたわけだが、じつは「終戦から始まった悲劇」もあるわけで。
人々の愛国心をかきたて、戦争へと駆り立てる動きが高まりつつある昨今、こんなふうに敵国はもちろん母国からも欺かれた人々の事実を知ると、つくづく国家とかアホらしい……と思わざるをえない。
本書はたんなる体験記ではなく、著者自身のルーツをたどった「ファミリーストーリー」的な要素もあり、実母の名古屋大空襲体験を描いた『あとかたの街』とあわせて読むと「今自分がここで生きている奇跡」に思いをはせたくなる。
私たちにとって戦争とは「伝え聞かされるもの」だったが、そろそろ「伝える側」に回らなければいけない時期が差しかかってきたのだと気づかされもする一冊だ。
<文・井口啓子>
ライター。月刊「ミーツリージョナル」(京阪神エルマガジン社)にて「おんな漫遊記」連載中。「音楽マンガガイドブック」(DU BOOKS)寄稿、リトルマガジン「上村一夫 愛の世界」編集発行。
Twitter:@superpop69