日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『翔んで埼玉』
『翔んで埼玉』
魔夜峰央 宝島社 ¥700+税
(2015年12月24日発売)
「このマンガがすごい! comics」プレゼンツ in クリスマスイヴ!
魔夜峰央先生の伝説的作品「翔んで埼玉」堂々の復刻!
魔夜先生の地方ギャグといえば『パタリロ!』第20巻(文庫選集は11巻)収録「国王の陰謀」におけるノースダコタ州=「アメリカの千葉」というネタが有名だが、それに並んで長らくファンの語り草だった本作が、再び現物として我々の手に!
いやあ~、うれしいですねえ。
まずは、内容のおさらいからいこう。
主人公は、日本のエリート階級・東京都民が集う学校に転入してきた男子、麻実麗(あさみ・れい)。
丸の内に住む実業家の御曹司、アメリカ帰りの帰国子女、女も男も魅了する美形、勉強もスポーツも秀でた英才……とすぐれたところしかない若者だが、彼には大きな秘密があった。
彼の素性は、都民にとってはその名を口にするだけでもけがらわしい、肥溜めと豚小屋の匂いがしみついた下層階級・埼玉県民なのだ!
麗は埼玉県民である実父のはからいによりダミーの身元を用意され、東京で出世して日本の政治を内側から変えるため、学園に送りこまれたのだ。
しかし麗は埼玉県民がひどい差別を受ける現実の数々を目にし、同胞をかばうためとっさに身分を明かしてしまう。
いったん地元へ戻り、日本の身分制度を根底からくつがえす決意を固める麗。埼玉県民解放運動の旗手として潜伏活動を始めた彼のもとには、東京の政治家が差し向けた追っ手が次々と……。
というタテ軸の展開に、東京都民のエリート少年(気位の高い美ショタ)が麗を埼玉県民と知ってなお恋し続ける、BL要素をからめた筋が見どころだ。
今回は、本作のウリである「埼玉disマンガ」というふれこみに補足をしてみたい。
ちゃぶ台をひっくり返してしまうが、本作は「埼玉dis」マンガではない。
いや、埼玉disは含むが、それは大きな枠組みのなかの一面なのだ。
劇中、ある東京都民の少女は、学校内の生徒のランク分けを麗に紹介しながら、こんな台詞を吐く。
「都内とはいっても田無あたりから通ってきてるんだもの 都会指数ゼロ」
つまり都民が都民を差別する内部ヒエラルキーがあるのだ。
そして埼玉県のほうにも、さらに「身分が低い」という茨城県を見下し、出稼ぎに来た茨城県民へムチをくらわせて労働させるという、地方民同士の差別シーンがある。
そこに描かれるのは、差別・被差別がひとつの層に固定したものではなく、他層との関係性で生じるという真理だ。
つまり本作は、条件しだいで誰でも差別する側にまわる人間社会の作りそのものを、「地方ネタ」に託しておちょくっているのだ。埼玉disは、あくまでその一環なのである。
そう考えてみると、地方ネタはギャグでも、その足場となる差別のほうは、あまりに“ガチ”で恐くもなる。
ホラーとギャグは紙一重というが、じっさい、喜劇というのは愉快なだけのものでなく、風刺的だったり暴力的だったりするものだ。
すぐれた喜劇は現実から離れない。現実にあるものをたくみに歪ませ、その歪みを感じたさいの摩擦で笑いを引き起こす。そうして、何に対して笑ったか受け手に省みさせる。
“奥の深い笑い”というやつで、『翔んで埼玉』もまさに、そういう作品なのだ。
なお、本書には1986年の短編集『やおい君の日常的でない生活』(白泉社)に「翔んで埼玉」全3話とともに収録されていた短編2話も入っている。
茨城が日本最高の都会になった22世紀へ現代の埼玉県民の女子高生がタイムスリップし、運命の相手にめぐりあう「時の流れに」。
赤ん坊の時に宇宙から落ちてきて地球の夫婦に拾われた少年が、義妹の素行調査のため非凡な能力を発揮する「やおい君の日常的でない生活」。
これらを一緒に通して読むとSFの趣がにじんでいて、『翔んで埼玉』の楽しみかたにもいっそう厚みが出てくる。
最後には、魔夜先生があらためて執筆当時を回想する新規描き下ろし「埼玉県民についての風土記考察」がいいオチをつけているので、初出本の既読者にもお得感があることだろう。
なぜ埼玉のみならず茨城までネタに巻きこんだか、その理由が明らかに!
発売はクリスマス・イヴの12月24日。現在、Amazonほかにて絶賛予約受付中!
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7