新装版『同窓生 人は、三度、恋をする』上巻
柴門ふみ 小学館 \796+税
(2014年7月1日発売)
ドラマ化もされた『東京ラブストーリー』や『あすなろ白書』など、いわゆる“トレンディ”な恋愛ドラマの名手という印象が強い作者。しかし、柴門ふみのマンガを読んで、恋がしたいと思う人はおそらく皆無だろう。
ただ、柴門ふみが一貫して描き続けているのは、恋のときめやきらめき、酔いしれるせつなさだけじゃない。むしろ描き出されているのは、恋の恐ろしさやおぞましさ、それでも気持ちを止められない、人間の業にまで踏み込むせつなさ。そういう意味では恋愛ドラマではなく、あくまで恋を知る人のドラマなのだ。
7月10日からTBS系で放送予定の連続ドラマ原作ともなっている本作は、40代を迎えた男女4人が、同窓会で再会したことを機に気持ちが動き出すさまを描いた物語。
稼業を毛嫌いしながら、離婚して会社も辞め、実家のクリーニング店を継いだ柳健太。彼は地元に戻ってきたことで、中学のころに短い間付き合っていた鎌倉あけひに思いを馳せる。
当時はあけひの言動、行動、気持ちが理解できていなかった健太だが、いまは、彼女が養子で虐待を受けていたことを知っている。
そして、同窓会での彼女との再会。あけひは連れ子含めた4人の子どもの母親になっていて、夫が経営する美容院で働いていたが、現在はその夫に暴力を奮われていた。
一方、一級建築士で昔からプレイボーイだった桜井遼介は、妻も子もありながら、本物の愛が欲しいと同じく同窓生の広野薫子に近づいていく。しっかり者で、女を捨てて生きてきた薫子は、調子がいい遼介のことを毛嫌いしていたが……。
現在の暮らしで抱えているものと15歳の頃の青春、またそれぞれの思いの丈と気持ちの揺れがせめぎ合いながら、物語は進んでいく。
最初は、お互い気持ちを抑えていた、あけひと健太。やがてあけひが思いを爆発させるが、健太は気持ちに歯止めを掛け、彼が動き出すとあけひは躊躇する。
またドライだったはずの薫子は、遼介との関係性のなか、嫉妬深い女性へと豹変していく。
そのシーソーのようなパワーゲームも、本作のエッセンスだ。上下巻、一気に読まずにはいられなくなるだろう。
人は、恋をする。それは誰かを好きになるからだけじゃないかもしれない。現実から逃げるため、青春を取り戻すため、または立ち上がる支えとして、生きること自体の糧として、恋をする。それだけに、恋はきれいごとじゃない。遼介のセリフが痛烈だ。
「家庭持ってる人間が、異性を好きになったら、バチが当たる――なんて、本当に人を愛したことのある人間なら、言わないよ。まだそれを味わったことのない連中が、やっかんで“バチ”なんて言うんだ。やっかむ連中は、知らないから… 味わった愛と同じ分量、苦しみもまた、背負わされることを…」
同窓会の再会から起こるロマンスに浸りたいというだけの人は、安易に手を出さないほうがいい。それこそ恋の厭な側面含めて、さまざまなものを見せつけられ、背負わされてしまう作品だ。
それぞれの事情、純粋な思いと大人の打算が入り交じるなかで、4人はどんな決断を下すのか。ただ、その先にあるものは、間違いなく苦しみや悲しみを知った人たちがたどり着ける境地で、美しいものだ。
愚かしくも恋をする――そんな人たちが恋しく思え、愛しくなる人間ドラマ。
柴門ふみのマンガを読んで、夢見がちに恋がしたいと思う人はいないとしても、柴門ふみのマンガにはあらためて恋してしまうはずだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Summer」が発売中。DVD&Blu-ray『一週間フレンズ。』ブックレットも手掛けています。