ガンダムファンから絶大な支持を得た『機動戦士ガンダム サンダーボルト』(以下『サンダーボルト』)の著者・太田垣康男先生に、ガンダムとの出会い、MSVへの思い入れを語っていただいたインタビュー前編!
続く今回は、太田垣先生をSFの世界に導いた数多くの名作小説と、『サンターボルト』でのこだわりのSF描写について、貴重なお話をうかがうことができた。
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【インタビュー】大人が読んで共感できるガンダムが作りたかった 『機動戦士ガンダム サンダーボルト』太田垣康男【前編】
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【インタビュー】言葉なんかいらない。太田垣流ネーム術大公開! 『機動戦士ガンダム サンダーボルト』太田垣康男【後編】
太田垣先生にとってのSF
――太田垣先生はかなりSF好きですよね。お好きな作品は?
太田垣 中学生のときは、ハインラインとかアシモフとか、アーサー・C・クラークを読んでました。
――いわゆる「御三家」[注1]ですね。
担当 ハヤカワ文庫SF[注2]『宇宙のランデヴー』(アーサー・C・クラーク)の改訳決定版のカバー、太田垣先生が描きましたよね。
太田垣 本が完成して送られてきて、封を開けた瞬間に感動してウルッときましたよ。「うわぁ、クラークの表紙、俺が描いたんだぁ」って。夢のようです。アレは本当にうれしかった。
――SF好きとしては、ひとつの到達点というか、達成感があるでしょうね。ちなみに影響を受けた作品となると?
太田垣 当時、特に好きだったのは『宇宙の孤児』(ロバート・A・ハインライン)という作品です。宇宙船が漂流しているうちに何世代も経って、宇宙船のなかだけが世界だと思い込んでいる人たちのお話ですね。僕はそれで「世界を作るって、こういうことか」と学んだんだと思います。SFのいいところって、まさにそこ。世界を構築できるところですよ。
――それをマンガで表現する際には、どういった点を心がけていますか?
太田垣 『MOONLIGHT MILE』では、ハヤカワSFに代表されるような僕らが慣れ親しんだSF世界と、現実の宇宙開発をつなぐ橋渡しをやりたかったんです。たとえばSF世界だと、地球を統合するような連邦政府があったり、地球が団結してひとつになっていたりしますよね。
――『ガンダム』には地球連邦軍が出てきます。
太田垣 でも、現実の世界は全然違います。 だから、そのミッシングリンクを描いてみたかったんです。ですから、現実の宇宙開発からステップを踏んでいって、どうやってSF世界に出てくるような社会に辿り着くのか。その道のりを描いていきました。
――『MOONLIGHT MILE』のアメリカ宇宙軍には、そういうテーマがあったんですね。
太田垣 全地球的な組織となると、絶対的な権力とか武力があるから、みんなが従うと思うんですよ。当然反発も生まれるし、またそれを抑えつけて……と。『ガンダム』の地球連邦軍には、そういった「力の権化」みたいな側面もあったんじゃないでしょうか。
――マンガでは世界構築から始めるような本格SFは、なかなか見かけませんよね。
太田垣 マンガの読者が興味あるのは、やはり世界構築ではなく、そこに生きている人間がどんな人生を歩むのか、というところだと思います。
――人間ドラマですね。
太田垣 ガンダムの場合、すでに世界構築がされているので、わざわざ説明する必要がない。そこはすごく便利です。それに『ガンダム』って、戦争モノでもあるわけじゃないですか。現実をモチーフにした戦争モノは制約が多くて、なかなか描けないんですよね。
――その制約とは?
太田垣 現代を舞台にすると、イラク戦争とかアフガン戦争が題材になるんでしょうけど、情報面でわからないことが多い。それに日本でアメリカ軍の戦争を描いても、たぶん読者がついてきてくれないでしょう。
――アメリカの戦争を題材にした映画はハリウッド製だから見る、という意識はあるかもしれません。
太田垣 たとえば「戦争の現実を描きたい」という意図があっても、時代設定や出す兵器によっては、作品以外の部分が取りざたされてしまう危険性があります。それだと作品自体や、描きたいテーマが伝わらないことがある。でも『ガンダム』なら読者に嫌悪感を持たれずに、戦争がある世界観を受け入れてもらえます。そこも大きな利点ですね。
――ちなみに『ガンダム』のキャラクターは、誰が好きですか?
太田垣太田垣 カイとミハルですね。ミハルが喜んだ次の瞬間に爆風で飛んでいくじゃないですか。あのような衝撃をどうやったら作れるかっていうのは、割とテーマですよね。あのふたりは現実の中でなんとか生きていくんです。カイはあの場所(サイド7)に居あわせちゃったから、順応しようと戦っているだけなんです。決して戦争の大義に同意してないし、共感もしてない。ただ、ああいう環境だから流されている。そこがすごくリアルだと思います。
―― 一方のミハルは?
太田垣 ミハルもあの社会の中でなんとか生き残ることを一生懸命考えて生きてる。兄弟たちと別れるシーンがあるじゃないですか。あれがもう、名シーンですよね。帰ってこないことも想定してるじゃないですか。どうやったら戦争という有事のなかで、自分という人間を変えずに生き残れるか? そういったテーマ性を一番体現しているふたりだと思います。
――主人公のアムロは、どんどん変わっていきます。
太田垣 そうですね、アムロに限らず他のキャラクターも環境に適応して、どんどん兵士になっていく。でもカイとミハルは、たぶんあの戦争が終わっても、あのまんま。そこが魅力的でした。
――少年マンガの場合、環境への適応が「成長」を意味するケースがあります。しかし戦争の場合、そこに適応するのは必ずしも「成長」ではないですよね。
太田垣 そうです。アムロは戦争に順化していって、最強の兵士にまでなっていくじゃないですか。まったく殺すことをためらわないキャラクター。それはそれで戦争の恐怖だと思うし、その両極端を描けているというのが、ガンダムのすごいところだと思います。
――それで、あのー、『サンダーボルト』の作中で、少年兵が大量に動員されてくるシーンがあるじゃないですか。あのなかにすごく可愛い子がいて印象的なんですが……。
太田垣 ああ、デイジーですね。彼女は印象づけられるように可愛く描こう、と。それこそ周囲から「ああ、美人だな」と思われてるような位置づけだったので。ありがとうございます(笑)。
――また一瞬で死ぬんですよ、その可愛い子が(笑)。少年兵が死ぬと、グッときちゃいますよ。
太田垣 子どもは戦争のプロパガンダに、簡単に流されちゃうと思うんです。「国を守る!」とか「英雄になれる!」とか。兵士を訓練する段階では、それこそ修学旅行とか、「みんなで甲子園を目指そう!」的なノリだと思うんですよ。ところが行き先は戦場なんです。そのへんの怖さも、なかなか理解しづらいとは思いますからね。ですからそのへんを印象づけられるようにしたいな、と。
――先ほどおっしゃった「戦争の現実」には、そういった部分も含まれているんですね。SFや世界構築は好きでも、本質的に描きたい部分は人間のドラマであると。
担当 普通、SFを描きたがる人は逆が多いんです。まずメカや世界観があって、あとから物語をなんとか作らなきゃならない。なので編集側から「原作者をつけましょうか?」と提案することもあります。けれど太田垣さんの場合は物語志向。そのうえにSF的世界観を構築できるわけですからね。
太田垣 そこはお師匠さんの教えです。
――尾瀬あきら先生[注3]のところでアシスタントをされていたそうですね。
太田垣 いまはメカばかり描いてますが、『夏子の酒』[注4]のときは酒蔵や田んぼを描いてましたよ(笑)。
太田垣 尾瀬先生からは「人間を描けるようになれば、SFだろうが現代モノだろうが、時代劇だろうが、全部描けるようになるよ」と言われたんです。「作家になりたかったら、まず人間が描けるようになりなさい」と。
- 注1 長年、SFファンに支持され、愛読されている代表的な3人の作家。アーサー・C・クラーク、ロバート・A・ハインライン、アイザック・アシモフを指す。
- 注2 早川書房が発行する文庫本のレーベル。SF作品を専門に扱う。かつては「ハヤカワSF文庫」の名称だった。
- 注3 『夏子の酒』などが代表作のマンガ家。現在「ビッグコミックオリジナル」(小学館)にて、落語を題材にした『どうらく息子』を連載中。第10集に収録の第八十九噺「ポルトガルの宣教師」のラストの見開きは、尾瀬先生からのオファーで、太田垣先生が背景をアシスタントしているという。
- 注4 「モーニング」(講談社)で連載された尾瀬あきらの作品。広告代理店で働くコピーライターの佐伯夏子が、病に倒れた兄にかわり、実家の造り酒屋で日本一の酒を造るために奮闘する。1994年にはフジテレビでテレビドラマ化もされた(主役の夏子役は和久井映見)。