宇宙表現におけるリアリティの水準
――ちょっと話は逸れますが、映画『ゼロ・グラビティ』[注5]はご覧になりました?
太田垣 もちろん、IMAX[注6] 3Dで見ましたよ。いやぁ……映画を見てあんなに泣いたのは、ひさびさでした。僕が『MOONLIGHT MILE』を描き始めた頃は、ハリウッドの技術でもああいう映像はまだできないだろう、と思っていたんです。頭の中にああいった映像がずっとあって、それを形にしたくてマンガにしたんですね。自分の頭の中に思い描いたものが目の前にあるような感動は初めてで、まさに「自分が見たかった映像はコレだ!」と。
――どのあたりにすごさを感じました?
太田垣 冒頭、17分もワンショットでの長回しのシーンがあります。それが感動的でした。ノーカットで延々と回すので、ライブ感がすごいんですよね。マンガの場合、どうしてもコマを割って、カットを割らないと進められません。2コマ目でもう無理。あれは素直にうらやましいと思いました。
――映画では、宇宙空間に何度も出入りしていますが、船外に出るには実際は何時間もかけて準備[注7]をします。
太田垣 そうですね。
――そのへんのことは『MOONLIGHT MILE』にも詳しく描かれてますし、『サンダーボルト』でもコミュニティバスに帰投したダリルが気密作業をしているシーンがあります(第4話)。
――ただ、映画にしてもマンガにしても、「フィクションだから」簡略化して表現することもあると思います。太田垣先生の場合、フィクションとリアリティは、どのような基準でラインを引いているんでしょうか?
太田垣 宇宙開発の現場を取材していると、知識の量が増える反面、一般の人の知識と乖離(かいり)してしまうんですね。これが離れすぎちゃうと、いくら「現場ではこれが常識だよ」と提示しても理解してもらえません。いくら本当のことであっても、それは逆にリアルに感じてもらえないこともあります。ですからマンガを描くうえで必要なことは、「とくに宇宙の知識がない読者にも理解してもらえるリアリティ」を提示することなんです。一般的な宇宙知識と、専門的な知識。その両方を持って、つねに一般寄りに情報を厳選していくことが大事だと思います。
――その際に心がけている点は?
太田垣 あやふやな言葉は使わない。宇宙開発や戦争についての難しい専門用語を入れても、一般の読者にはわからないし、「これなに?」って読んでいたリズムが止まっちゃう。英語と同じだと思えばいいんですよ。中学英語なら、みんななんとか読める。けど、高校や大学レベルの文章だと、とたんに読めなくなってしまう。J-POPの歌詞に出てくる英文が中学レベルだ、って批判されたりするじゃないですか。でも、ちゃんと伝わっていますからね。
――そのリアリティの水準を高く設定するか、低く設定するかという見積もりは、作品によって異なるとは思います。
太田垣 そうです、『サンダーボルト』の読者は30~40代の大人の読者です。ですからNHKスペシャルを見たり、あるいはスペースシャトルの打ち上げを見たり、ある程度はみなさん見ているし知っている。そこを基準にしているので、基本的には一般寄りとはしつつも、『サンダーボルト』は基礎知識の水準を高めに設定しています。
――『ガンダム』直撃世代は、昔のSFブームを浴びてますからね。宇宙やSFの素養が高いと思います。
太田垣 アニメは中高生を基準にしているので、宇宙の知識がないことを前提とする必要があるんじゃないでしょうか。
――『ガンダム』では涙が宙に浮くとか、宇宙船内は移動式のハンドルを握って移動するとか、従来のアニメにはなかったSF表現が随所にありました。アムロの食べる宇宙食もそうです。『サンダーボルト』では、クローディアの食べるステーキがゼリー状の物でコーティングされていますよね(第6話)。あれを見て「すごい!」と思いました。
太田垣 宇宙食って、いまだにレトルトパックみたいなものが多いんですよね。あれを食事シーンとして描いても美しくない。あの場面では、クローディアに肉を食いちぎるという演技をさせることで、彼女の感情表現をさせたかったんです。だから「なんとかステーキを食ってるシーンを描きたいなぁ」と思っていたんですね。じゃあ宇宙空間でステーキを食うためには、どういう加工をすればいいか。いろいろ考えた結果、そうか寒天で固めちゃえばいいのか、と。洋食の店に行くとゼリー寄せってあるじゃないですか、あんなイメージですね。
――『MOONLIGHT MILE』と『サンダーボルト』に共通して言えることですが、太田垣先生が宇宙空間を描くとき、擬音を載せませんよね。あれはかなり意識してやっているんでしょうか?
太田垣 『MOONLIGHT MILE』では宇宙の無重力状態や、真空で音のない世界をいかに表現できるかを意識していたので、なるべく擬音は入れないように心がけていました。とくに初期の頃は、集中線も入れてないです。宇宙空間での移動を表現するのにスピード線てアナログだなぁ、と思っていたんですね。
――風を切っているわけでもないですしね。
太田垣 ただ擬音に関しては、『サンダーボルト』ではむしろ付けるように意識しています。
――その理由は?
太田垣 擬音というのは、読者が読むときのリズムをつけてくれる大事な要素ですからね。それに真空の中ですけど、機械を伝わってくる振動は伝わるはずなので、ガンダムに何か物が当たれば音は伝わってくる……という言い訳を自分にしています。「この音なら聞こえるはずだ!」と(笑)。もう少しリアリティある擬音をマンガで表現していけたらいいですね。
――あと、『ガンダム』の世界の最大のフィクションとして、ミノフスキー粒子[注8]というものがあります。
太田垣 『ガンダム』という物語のなかで、あれが最大の発明だと思います。
――『MOONLIGHT MILE』にも米軍の遠隔操作型ロボット兵「ビッグフット」が出てきますが、あれもミノフスキー粒子のある世界だったら動かせられないですよね。
太田垣 そう、wifiがつながらないスマホと一緒です(笑)。遠隔操作の兵器は、電波が通じるところだから可能なんです。
――だから『ガンダム』では、人間が乗り込んで操縦するしかない。
太田垣 実際、近代兵器になればなるほど、接近戦を描けなくなるんですよ。それを描くとリアルじゃなくなってしまうんです。その点、『ガンダム』の世界観は、そのあたりをクリアしている。ですから1巻では、すごく離れたところから最接近するまでをワンアクションで描いてます。マンガでは「いかに接近させて戦わせるか」が大事で、そこに臨場感が生まれるんですね。最接近する場面こそが一番の見せ場なんだ、というつもりで。MS同士が直接斬り合うようなシーンは、本来、もう次の瞬間にはどちらかが死んでいるような一触即発の距離感です。その緊張感を出せたらいいですね。
――いまハリウッド映画でSFや宇宙ものが結構あります。表現力がすごいんですが、一方で「これ、太田垣先生のマンガで見たことあるぞ!」っていう映像だったりもするんですよね。
太田垣 そう言ってもらえると、マンガ家冥利に尽きます。マンガは、発想してから発表するまでが、最短でできるメディアですからね。同じ発想をしても、ハリウッド映画だと、制作から公開まで何年もかかってしまう。ですから「これ、マンガで見たことあるぞ!」って言われ続けることができれば、マンガの価値もあるんじゃないかな。
――その最初の発想が素晴らしいと思います。太田垣先生のマンガは、まさしく「センス・オブ・ワンダー」[注9]ですよ。
- 注5 2013年に公開された、アルフォンソ・キュアロン監督の映画作品。スペースデブリとの衝突事故でシャトルから放り出されてしまったミッションスペシャリストの主人公が、地球帰還を目指す。宇宙表現や映像が話題を呼んで大ヒットし、アカデミー賞では監督賞、作曲賞、音響編集賞、録音賞、撮影賞、視覚効果賞、編集賞の7部門を受賞。。
- 注6 カナダのアイマックス社が開発した、映写システム(と動画フィルムの規格)。簡単に言えば「デカくて綺麗」。……と言うと身もフタもない感じだが、その「デカくて綺麗」さがおよそ想定している以上のものなので、一度はIMAXシアターで3D映画を体験したい。
- 注7 宇宙空間での船外活動(EVA)に出るには、まず宇宙服内部の圧力を0.3気圧に低下させる必要がある。船内の気圧(1気圧)のまま船外に出ると、宇宙服が膨れあがって、作業ができないからである。 しかし、急に1気圧から0.3気圧まで低下すると 人間の体は減圧症を引き起こし、毛細血管が詰まってしまう。それを防ぐためには、0.3気圧までの減圧に先駆けて、体内の窒素成分を体内から追い出しておく必要がある。この作業をプリ・ブリーズという。プリ・ブリーズは、シャトル内の気圧を1.0から0.7に下げて、その状態を通常は12時間以上キープする。そして宇宙服を着て、宇宙服内の窒素を追い出し、100%の酸素を約1時間前後呼吸し、ようやく0.3気圧に減圧していく。その後、エアロック内を減圧し、宇宙空間と同じ状態にし、ようやく船外に出られる。運動しながらプリ・ブリーズを行うと、圧倒的に時間を短縮できるが、現在ではあまり採用されていない。
- 注8 『機動戦士ガンダム』に登場する架空の物質。簡単に言えば「電波障害を起こし、通信を妨害する」物質。『ガンダム』の世界では、この物質を散布して戦う。ミノフスキー粒子の濃度が濃ければレーダーに捕捉されないし、通信による遠隔操作もできない。近年、アメリカ軍が用いるドローン(無人航空機)や、その使用に伴うコラテラル・ダメージ(民間人への副次的な被害)を懸念する声が上がっており、ハリウッド映画でもよく題材とされるが、ミノフスキー粒子発見後の『ガンダム』世界では、そのような無人戦闘は実行できない。『ガンダム』第4話「ルナツー脱出作戦」では、シャアのセリフとして「敵を目の前にしても補足されんとは奇妙なものだな。科学戦もつまるところまで来てしまえば、大昔の有視界戦闘に逆戻りというわけだ」と、ミノフスキー粒子について説明がなされる。
- 注9 SF作品から受ける感動。定義は人によって多彩だが、たいがいの場合において、良質なSF作品や作家をほめるときに用いられる言葉。
太田垣先生ならではの「マンガの作り方」、そして気になる『サンダーボルト』と『MOONLIGHT MILE』の今後についても熱く語ってもらった後編は、コチラ!
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取材・構成:加山竜司
撮影:辺見真也