365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
7月23日はカシスの日。本日読むべきマンガは……。
『珈琲時間』
豊田徹也 講談社 ¥562+税
7月23日はカシスの日。日本カシス協会が2006年に制定した。
カシスは真夏が旬で、盛夏に大いに収穫される。
よって、暦の上では「大暑」にあたることが多いきょうを選んだとのこと。
カシスは日本では黒すぐり(黒房すぐり)、英語ではブラックカラントと呼ばれる、甘ずっぱいベリー類の果実だ。
クレーム・ド・カシスというリキュールでも有名であり、またお菓子にもよく使われる。
カシスの日である今日ご紹介したいマンガは、『珈琲時間』という、コーヒーが登場するショートストーリーを17本つづった短編集だ。
カシスではなくどうしてコーヒー? と思われるかもしれないが、この短編集の第3話が『すぐり』というタイトルなのである。
ストーリーを簡単にご説明しよう。
叔母の部屋を訪れた(おそらく女子高生の)はるみ。叔母は、コーヒーの生豆をより分けているまっ最中。焙煎のために、状態のよくない「欠点豆」を探しているのだという。
欠点豆をより分け終わり、部屋のガスレンジで豆の焙煎をしながら、2人は語りあう。
その内容からみると、どうやらはるみは悩みを抱えているようで――。
ところでカシス=すぐりはどこに登場するかというと、はるみがお土産に持ってきたガトーという店のタルトである。
「すぐりもすっぱくておいしい」というはるみのセリフと、大ゴマに描かれたタルト。たったこれだけだ。
ここからは、なぜ『すぐり』というタイトルをつけたのかまったく想像がつかない。
ここで少し、タイトルの理由を考えてみたい。
コーヒーの欠点豆についてはるみは、「人間と同じだね」「悪い豆は無いほうがいいんだ」とつぶやく。
一方の叔母は、人間はコーヒーほどシンプルではないし、変わることだってあると語る。
作者ははるみに、すぐりについて「すっぱくて」「おいしい」と言わせている。
「すっぱい」は欠点にも美点にもなる言葉だ。
これをあえて、はるみにいわせたと考えてみる。
そしてこの「すぐり」がショートストーリーのタイトルと考えると、欠点を欠点だけで処理しないフレキシビリティ=希望を、はるみに持たせてあげたようにも感じるのだ。
はるみが抱えた悩みはすぐに解決するわけではないだろう。
でもすぐりについて「すっぱくておいしい」と感じ、コーヒーも「おいしい」と言える彼女に、明るい兆しは見える。
そして実際に、ストーリーはそういう流れへ向かって終わっている。
こうして考えてみると、この短編に『すぐり』というタイトルはじつにしっくりくるのではないか。
『珈琲時間』とは、こんな深読み(邪推ともいう)をしたくなるような、一筋縄ではいかない、味わいのある短編がたくさん詰まった作品集なのだ。
全編、さらりと読み流せてくすっと笑えるのに、どこかに深い意味が潜んでいる。だが、決してネームが能弁すぎるわけではない。
ミニシアターにかかる映画のようにアーティスティックで、画面が多くを語ってくれる作品集だ。
17本のなかで複数回登場するチェリストと映画監督、そして探偵がメインのキャラクターといえばいえるだろうか。
なかにはSF調のものやファンタジックな作品もある。が、そうした物語もコーヒーという小道具のせいか、短編集のなかに違和感なくしっくりと収まっているというイメージだ。
カラーのカバーにはコーヒーでできたカップの跡や染みがあり、これがちょうどセピア色をしている。
そんなセピアの、ノスタルジックで落ちついた雰囲気が漂う小洒落た一冊。
ぜひコーヒーとともにお読みいただきたい。
もちろん今日は、すぐりのタルトもつけてどうぞ。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」