『横浜百年食堂』 高井研一郎
少年画報社 \600+税
(2014年7月22日発売)
料理とは、人柄そのもの。そう思わせてくれる作品が、高井研一郎『横浜百年食堂』だ。
舞台となるのは横浜の地で、ちょうど百年前に開業した「たちばな食堂」。創業百年とはいえ、古式ゆかしき老舗というわけでも、レトロな人気店というわけでもない。地元民に親しまれて細々続いている、どこにでもあるような食堂だ。
ただ、マンガでも実際の料理屋めぐりでも、そういう店こそじつはおいしい、というのが常。これ見よがしなサービスや派手なメニューがあるわけではないけれど、いろんな意味で満たされる。
思えば、『総務部総務課 山口六平太』(原作・林律雄)や『プロゴルファー織部金次郎』(原作・武田鉄矢)といった高井研一郎のマンガ自体も、なにか大きな事件が起きるわけじゃない。特別変わったキャラクターがいるわけじゃない、だけれど満たされる、そういうものかもしれない。
愛想があるわけではないけれど人がいい、たちばな食堂の三代目店主・正吉。その妻で店で働く、優しくて大らかなまどか。それなりに年頃のあれこれはありつつも、グレることもまじめすぎることもない中学生と小学生、2人の子ども。
本作には、店主と客と料理の食堂でのちょっとした交流と、ちょっとした家族の物語があるだけだ。それなのに、ほのぼのしてきて、読んでいて満たされるのは、正吉とその家族の人柄と腕前、つまるところは作者の人柄と腕前のなせるワザ。
たとえば、「白菜漬け」という回で、正吉がまどかに語る、こんな思い出話が五臓六腑にしみわたる。
昔は、朝食時からやっていた、たちばな食堂。そこで相席して知り会った、若い男女がいる。
「毎朝ウチで食べてた人が 急に来なくなったりすると 気になったりしてね」「でも その後 2人で結婚の挨拶にきたりして」
客が減ってしまったという、当時まだ子どもだった正吉に、母親は言う。
「あの娘さん 白菜漬けの作り方 教えてほしいって言ってきてね」
現在の正吉は言う。
「家族だろうと 他人同士だろうと 一緒に朝飯を食べるってのはいいもんだって思ったんだ」
そんな風に思える店主の食堂で、そんな風に描ける作者の作品。続いてほしい名店の味わいだ。
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Summer」が発売中。DVD&Blu-ray『一週間フレンズ。』ブックレットも手掛けています。