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『寝台鳩舎』 鳩山郁子 【日刊マンガガイド】

2016/12/26


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『寝台鳩舎』


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『寝台鳩舎』
鳩山郁子 太田出版 \1,400+税
(2016年11月17日発売)


世のなかには「よい本」というのがあって、それはモノとしての「本」を好きな人たちの間で価値をつけて取り引きされ、苦労してその「本」を手に入れた者たちは、それをためつすがめつして愛しむ。
装幀が、紙が、インクが、書体が、と、モノとしての「本」をめでる人はいうだろう。それはひとつの文化なのだから、その愛の合理性を論じてもしかたがない。ある意味では愚かしく、しかしどうしてなかなか憎めない彼らの愛は、先細りするかもしれないが今後も連綿と続けられていくだろう。

鳩山郁子『寝台鳩舎』はまずもって美しい。絵の美しさだけでも息をのむ。
加えて装幀(note 芥陽子)がいい。
絵にしても装幀にしても、このこだわりようは何なのか。美しいものごとをめでるために労力を惜しまなかったから、このような美しい「本」ができたのだろうか。結局のところやはり愛の問題のようだ。

本作の冒頭に置かれた、辞書の1項目のような「移動鳩」の説明書き、その上を飛び去るように描かれた少年の姿の、一瞬の光と陰を捉える手さばきを見てほしい。
移動鳩とは、第一次世界大戦などで前線から情報を担って飛んだ鳩たちのこと。本作は、その移動鳩たちと、彼らと出会うことになるある少年「ダヴィー」の物語だ。

目的地へ帰りつけなかった鳩たちと、目的地への希望と不安を抱えた少年とが、交錯する物語。
一般的な人にとっては一晩程度の時が過ぎる間に、少年は鳩たちの光と闇を知り、彼らの、希望に満ちて飛び立っては繰り返し瀕死の重傷を負う残酷な運命を知る。

鳩たちはいう。
「御覧、例え仮そめの寝台でも この場所に辿り着かなければ、
 僕らは傷付き、草臥れ果てたまま彷徨い続けるより他ないんだ
 束の間の安らぎや 僅かな平穏も 得られることなく ー孤独で ー永遠に」

鳩たちはすでにこの世のものではない。
前線から戦況を報せる信書を帯びて飛ぶ鳩は、敵軍からすれば撃ち落とすべき兵器だ。情報を制する者が戦争を制するのだから。
ダヴィーが出会う鳩たちは、狙撃に遭い、信書を届けることができなかった者たちなのだ。

何を負わされているのかを理解することなく、ただ人の命を無数に抱えて飛ぶ鳩たち。人間が戦争に利用した、その奇妙で強靭な帰巣本能ゆえに、信書を届けられなかった鳩たちは「闇」をさまよい、ダヴィーのもとへとたどりつく。

一方でダヴィーは、両親とともに世界万博に向かう長い列車の旅の途上にいた。
当初は陽気にはしゃいでいるように振る舞う彼だが、次のセリフを見てほしい。
「実際の目的地は僕が思い描いていたほど素敵な場所
 じゃないかもしれないという予感」
「僕は、目的地に到着することを強く願いながら――
 同時に、ひょっとしたら味わうかもしれない
 “期待外れの終着点”を回避したくって」

無邪気な希望とないまぜになった、賢しくも先取られた子どもらしいこの失望と不安とを、著者は見逃さない。
親の目を気にして、その不安を表に出さずにいるこの少年は、しかし列車という、退屈だが確実に目的地へ乗客を連れて行く機械に乗っているのだ。
まるで人生に期待したフリを演じつつ、不安なまま大人になっていくほかのすべての子どもたちのように。

もう帰るべきところは永遠にないのかもしれないという恐怖と、身を貫かれるような痛みをまた味わうかもしれないという不安、それでも可能性に満ちた空へさっそうと飛び立ちたくなる生まじめな希望。
これらの感情が、透き通るくらい研ぎすまされ、本作に散りばめられている。まるで本作にも登場する、著者の重要なモチーフのひとつである「ビー玉」のように。

著者は、このビー玉のような美しさを愛し、作中に切り取られる無数の瞬間に投射していく。
たびかさなるフラッシュバック、錯綜する白昼夢のような本作の時間感覚は緊張に満ちている。存分に体験してもらいたい。

なお、いうまでもなく本書は「よい本」だ。
今後、読者が骨董市や古雑貨屋、あるいは年老いた親戚の部屋で、本作に似た感触のモノを見つけることがあるかもしれない。
その時はどうか「これは私の鳩だ」と呼びかけてやってほしい。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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