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第7回『このマンガがすごい!』大賞 受賞記念インタビュー 歩『ECHOES』 大賞史上最高の評価を得たトランスジェンダー×バスケの心地よい融合

2016/12/09


新緑高校1年生、女子バスケットボール部所属、五十嵐青。青は、卓越したバスケットセンスを持ちながらもチームから浮いてる無愛想な少女、飛鳥のことが気にかかる。全国を目指すなか、次第に絆を深めていく2人。しかし、青はだれにも話すことができない、ある感情を抱えていてーーー。

自身の体験を織り交ぜ、トランスジェンダー×バスケという今までに類を見ない作品となった『ECHOES』。著者である歩先生は、本作で「このマンガがすごい!」編集部主催の新人マンガ賞「『このマンガがすごい!』大賞」の最優秀賞を受賞! 受賞&初の単行本発売を記念し、歩先生を直撃!

題材に、バスケットボールを、そして、トランスジェンダーというテーマを選んだのはなぜなのか。 それは、歩先生自身の経験が……?
今明かされる、『ECHOES』誕生秘話 !!

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echoes

『ECHOES』
歩 宝島社 ¥700+税
(2016年12月10日発売)

漫画家:

2016年に、性に対する違和感を持ち続けた自身の青春時代の経験も活かした投稿作「ECHOES」で、第7回『このマンガがすごい!』大賞優秀賞を受賞、本作が初の単行本となる。

バスケットボールが今の自分を育ててくれた

――受賞おめでとうございます!

 ありがとうございます。

——この作品はかなり昔から構想を温めていたそうですね。

 原型は中学3年の時に作ったものです。マンガといえるまで作りこんではいませんでしたが。

——女子バスケ部の物語を描こうと思ったきっかけは?

 ええと……じつは小学低学年の頃から中3頃まで、学校に行くと会話ができない状態になってしまっていたんです。家ではふつうに話せるんですが。そういう自分がいやで、これをどうにかするにはスポーツでもやって精神を鍛え直すしかない、と考えて。初めは剣道をやろうかと。

——まさに精神を鍛えられそうなイメージですね。

 そう思ってたところに、幼なじみが『スラムダンク』[注1]を貸してくれて、バスケに目覚めたんです。かっこいいじゃん、よし、バスケをやろう、と!
ただしそう思ったのが中3の夏で、部活引退の時期。高校に入学するまでの間、バスケがやりたいこの気持ちを何かにぶつけようと思って、バスケマンガのようなものの設定をノートに描き始めたんです。

——まだマンガにはしていなかった?

 ストーリーはほぼなかったんですが、『ECHOES』に出てくるメインキャラクターたちの大まかな性格、名前、デザインはこの時のものが原型になっています。当時から女性としての自分の性に違和感を感じていたものの、自分がトランスジェンダー[注2]とは自覚していなかったので(後述)、単純に女子バスケ部という舞台を想定したわけです。

——本作は、少年マンガや青年マンガで描かれる“女子スポーツ”ものでもなく、少女マンガのそれでもないような、いい意味でどっちでもない雰囲気があると思いました。

 のちのちになって思うことですが、自分は男の心を持ちながら、“女子”として女の子たちのなかに入って“女子の運動部”を体験させてもらったみたいな感覚がありますね。
なので、なかにいながらも周囲をちょっと客観的に見ていたかもしれない。変に女の子に夢を持っていないのは、実態を見ているから(笑)。

——女の子が同性同士に見せる部分を知っているんですね。

 とはいっても、悪い意味じゃないですよ。女子の世界であれ、バスケは生やさしいものじゃない。バスケットをする時はみんなただの勝負師で、そこに男女の差異はないと考えています。

勝負の世界に男とか女とか関係ない! そんな想いが染みこむように伝わる迫力のあるカット!

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——現実に高校でバスケ部に入ってみて、いかがでしたか?

 それまでまったく運動経験がなかったので苦労しました。初心者はぼく一人。中学時代に全国大会に行ったような子が同級生にいたりして、ものすごい差がありましたから。校内でも一番きびしい部で土日もなく……月曜だけが休みでした。

——想像するだにキツい状況ですね。

 体力もないし、走るだけでもついていけない。最初の頃は顔面キャッチもしまくりです。練習についていけるようになるまで1年くらいかかりました。

——よくやめなかったですよね。

 やめたらもとの自分に戻っちゃいそうで、そっちのほうが怖かったです。絶対逃げちゃダメだ、と自分にいい聞かせていました。

——もとはといえば人と会話ができない自分を変えるためにスポーツを始めたわけですが、やはり変化があったんですね。

 練習中は、いやでも声出さなきゃいけないじゃないですか。なので強制的に直ったというか。

——よく自分で思いついたし、やり遂げましたよね。初心者でそんな環境に飛びこむなんて相当勇気がいることですし。

 人と話せるようになったことだけじゃなく、たぶんこの経験があったから、いきなり東京に来たりマンガを描き始めたりできたと思うんです。
今回の執筆にしても、ド新人がいきなり単行本を出すってすごく怖ろしいことで。そこにチャレンジできたのも、バスケに突然飛びこんでいろんなものを得た経験があるからじゃないかと。自分は、バスケに人間にしてもらったと思っています。

人間としての女性のかっこよさ、濃厚な心の交流を描きたかった

——バスケを実際にプレイしたからこそ知った快感もあったのでは?

 後輩にも高校から始めた初心者はいなかったので、練習試合でぼくがシュートを決めるとみんながものすごく喜んでくれて。先生も……それがすごくうれしかったですね。

——一番の思い出は?

 とにかく自分が一番下手だから一番がんばらなくちゃと、いつも練習のあとに居残りで自主練習を続けていたんです。そういうのを後輩が見ててくれたみたいで。
2年から3年にかけての頃、疲労骨折で何カ月か練習に参加できなかったんですが、復帰してすぐにまた自主練習を再開したんです。その時、いつもはふざけてる後輩たちが「先輩のこと尊敬してます」って突然いってくれたことですね。そんなこといわれたのは初めてで……。それから後輩も残って自主練する子が出てきたりして。

うまい人ほどひたすら練習するもんです!

うまい人ほどひたすら練習するもんです!

——いい話ですねぇ! 人に影響を与えるって、飛鳥みたいじゃないですか。本作のキャラは中学時代にできていたということですが、バスケ部に入ったことで描けることが増えたのではないでしょうか。

 部ではそれこそもめごとも多かったですね。自分の代は7人くらいでしたが、ホントにみんな性格も実力もバスケに対する考え方もバラバラ。ぼくはみんな好きでしたが、犬猿の仲みたいな人もいたし。一部でケンカが勃発すると、その雰囲気が全体に浸透してしまう。

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仲が良くても悪くても、空気の悪さは一瞬で共有できます!

仲が良くても悪くても、空気の悪さは一瞬で共有できます!

——思春期の女の子にとって、人間関係の悩みは大きいですよね。それを、子どもだから、世界が狭いからといっちゃうのは無粋だと思うんです。じつはその過程で、大切なものを得るはずですから。

 そこも作品にこめられたらいいなと思いました。

——女子ならではのドロドロしたせめぎあいなどもあったんでしょうね。

 ありましたよ。でも、そこはある種リアルだとしても、ぼくが作品に描きたいことではなかった。それよりも純粋な心のやり取りの部分を抽出して描きたいと思っていました。

——チームがひとつになるという感じを味わったことはありますか?

うーん、まあ瞬間的には……。

——運動部にかぎらずですが、みんな「ひとつになりたい」と望んでいても実際そうなるのは難しいですよね。永遠の課題というか。『ECHOES』作中では、七海監督の言葉でみんなが「人を頼りにする」というキーワードにハッとしますが、それを知っても急に信頼できるわけじゃない。新緑バスケ部のメンバーたちは、ここに至る素地ができていたから信頼できたのだと思いますが。

七海先生の言葉に反応できたのもぶつかった過去があtったから。

七海先生の言葉に反応できたのもぶつかった過去があtったから。

 女の子は複雑ですよ。でも、大半の登場人物が女の子な時点で、「俺のほうが強い!」というのがベーシックにある単純明快な男子のスポーツマンガではなく、より濃厚な心の交流が描けるんじゃないかとも思います。人間としての女性をかっこよく描きたい、そういう作品を見たいという想いがあります。

——青には自分を投影するところがありますか?

 無意識にそうなってはいますね。
青のほうが自分より明るくてやんちゃですが、考え方とかは似てると思います。具体的に『ECHOES』を描くことを考え始めた頃、不意に青にトランスジェンダーという設定を加えようと思いついた時は抵抗感がありました。そこまで自分に近しいものを描くのは勇気がいるし、すごくいやだなと思った。だけど、その日にもう一度よく考えてみて、この設定を加えることで何が変わるんだろうと考えてみた時に、青はいっしょにがんばってる飛鳥っていう子を好きになるんだろうなと思ったんですよ。
それによってこのマンガにオリジナリティが加わり、自分にしか描けないものになるんじゃないかと……。このマンガを描きたいと強く思えた瞬間ですね。

青が飛鳥への想いに気づき始めるシーン。「だよ…な」にいろんな想いがこもってます!

青が飛鳥への想いに気づき始めるシーン。「だよ…な」にいろんな想いがこもってます!

 中3の時点では、自分がトランスジェンダーだとわかっていなかったからそうしてなかっただけだと。でも、潜在的には強い絆を描こうとしていたんだと、トランスジェンダー設定を加えることを決めた時に気づいたんです。

だれにもいえなかった心の悩みを、バスケ部の仲間に告白して…

——先生が、自分がトランスジェンダーだと知るまでにはどんな道程があったのでしょうか。

 物心ついた時にはもう、まわりの女の子たちと自分は何か違うと気づいていました。女の子たちは幼稚園生で、もうだれが好きという話を盛んにしているんです。その時点で自分はもう女の子が好きだったんですけど、「これは人にいっちゃいけないことなのかな」と認識していていましたね。

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このシーンのように歩先生も青と同様に幼い頃から違和感を感じていたんだろう。

このシーンのように歩先生も青と同様に幼い頃から違和感を感じていたんだろう。

 幼稚園は制服だったんですけど、スカートがいやだなとすでに思っていて、自分は何なんだろうと思っていました。
でも、その違和感をだれにもいえず、カモフラージュする癖がついていくんです。時には親を安心させるために、バレンタインに近所の男の子にチョコを渡すといってみたり。

——理由がわからないまま自分を押し隠していたことは、相当なストレスですよね。そういうことから会話ができなくなってしまったのかも。

 あとから考えればそうなのかなと。家庭内はまったく問題がなかったですからね。人に見せられないものを抱えて我慢し続けている、というのは苦しかった。トランスジェンダーという言葉を知ったのは、『3年B組金八先生』[注1]がきっかけなんです。

——あ、そういえばトランスジェンダーを扱ったエピソード、かなり話題になりましたね。上戸彩さんが演じていて。

 あれを中学1年か2年の頃、リアルタイムで見ていました。けっこうまわりの同級生も見ていて、学校でも話題になっていたと思います。

——その時にハッと気づいた? 自分はトランスジェンダーだったんだと。

 いえ、まだそこまではいかないんですね。自分と似てるとは思いましたが、金八先生の彼女は「俺は男だ」とかなり激しく主張している。ぼくはそこまでの自覚はなくて……自分はレズビアンかなと思っていました。

——しばらくその状態が続くのでしょうか。

 高校時代はバスケひとすじで、幸か不幸かそのことを考えずにすんでいた。当時の日記を読むと、部活上での悩みしか書いてないですから。
でも、もちろん本当に忘れていたわけではありません。引退してからいろいろ考える時間ができて。これまで自分はいろんなことを我慢してたんだと気づいて……限界が来たんです。
もうひとりで抱えきれなくなって、初めて自分のことを友だちに打ち明けました。

——バスケ部の仲間に?

 はい。自分は女の子が好きなんだ、いつもみんなの前では自分を「うち」っていってるけど、心の中での一人称は「おれ」だったんだよ、と。友だちは意外に淡々としていましたね。「まあいいんじゃないの」みたいな。それで、ほかにも何人かに打ち明けました。

——話してラクになりました?

 すごくラクになりましたよ。
忘れられないのはカミングアウトしたあとの相手の表情が、すごく独特だったことです。まっすぐ見てくれるというか……なんとも独特な目。うまくいえないのですが「ここにはもう壁がない」みたいな目で、ものすごくホッとさせられるんです。「やっぱりそうだったんだ」という反応もあって、ああわかってたのかと。
ぼくが秘密を打ち明けたことで、その友だちも人にはいいにくいことを話してくれたり……。

——表に出していないつもりでも、歩先生をよく見ている人にはわかっている部分があったんですね。

 母親に話した時も、「今までちょっと疑問に思っていたことが走馬燈のように頭を駆け巡った」といってましたね。
結局、トランスジェンダーだとはっきり自覚したのは19歳の時です。家族の理解もあり、関係はとても良好です。今は、専門医のカウンセリングを経て、2年ほど前からホルモン注射を定期的に打っています。身体にメスを入れるような治療はまだ行っていませんが、今のところ不自由はありません。

——バスケ部の体験はいろんな意味で大きいですね。もし、入部していなかったら、漫画家の歩先生はいなかったかもしれない?

 絶対マンガを描いてないし、こういうふうに自分のことをお話しすることすらできなかったと思います!


  • 注1 『スラムダンク』井上雄彦による高校バスケットボールを題材にした少年漫画作品。『週刊少年ジャンプ』にて、1990年(42号)から1996年(27号)にかけて全276話にわたり連載。バスケットボールマンガの金字塔。
  • 注2 『トランスジェンダー』 生まれた時に法律的、社会的に割り当てられた性別にとらわれない性別のあり方を持つ人のこと。
  • 注3 『3年B組金八先生』1979年(昭和54年)から2011年(平成23年)までの32年間にわたって、TBS系で断続的に制作・放送されたテレビドラマシリーズ。日本の学園ドラマの金字塔と称される作品。2001年~2002年放送の第6シリーズで戸籍上は女性だが、性自認は男性という性同一性障害を抱えた女子生徒を上戸彩が演じた。

単行本情報

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