本作ではさまざまな表現技法が駆使されている点も見逃せない。
たとえば作中に登場する鷺は、実際に鳥の羽根を用いた羽ペンで描かれている。
また、ある回では、口紅によってマンガ本編が描かれたりもする。このように、描くモチーフと画材を対応させるような試みがたびたび用いられており、話の内容と絵が、そのエピソード特有の雰囲気を醸成するのに役立てられているのだ。
「第35回 20年7月」以降、とある理由から、作者こうのはすべての背景画を利き手ではない左手で描くようになるが、それももちろんストーリーと照応している。
そのあたりの事情を思案しながら読み進めると、より主人公の心情に寄り添うことができるだろう。
ストーリー的な伏線の張り方もおもしろい。作中で出会った人、手に入れた物、会話の内容は、いずれも単発のものではなく、作中のどこかで再登場を果たす。
読み返すたびに新しい発見ができ、そうした多層性によって作中世界がより立体的なものとして感じられるようになっている。
この作品で描かれた世界の外側には、もっと広大な世界が広がっているのだ。作中で描かれた世界は、広い広い世界のなかの、ほんの「片隅」なのだ。そうした広がりを実感できる。
主人公すず個人の生活史やファミリー・ヒストリーを縦糸とし、そこに戦争という大きな物語を横糸としてクロスオーバーし、『この世界の片隅に』という物語を織りなしている。
そこで描かれる絵模様は、ミニマムであるが、現代に生きる私たちとも地続きな、普遍的なものなのだ。
作者の意図と“たくらみ”に身を委ね、私たちもまた、この世界の片隅に生きる喜びを見出していこう。そんなポジティブな気持ちにさせてくれる作品である。
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<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでの漫画家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
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