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『ANGEL VOICE』第40巻 古谷野孝雄 【日刊マンガガイド】

2014/11/28


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『ANGEL VOICE』第40巻
古谷野孝雄 秋田書店 \419+税
(2014年11月7日発売)


サッカーの世界では、どのクラブにも「アンセム」と呼ばれる愛唱歌が存在する。
そのチームを讃え鼓舞する歌であり、試合開始前に選手が入場するときや試合終了後に、サポーターたちがクラブのタオルマフラーを高々と掲げ、声をそろえて歌い上げるものだ。
これはクラブ側が公式に用意したオリジナル・ソングではなく、サポーターが自分たちの意思でチョイスした曲であるため、有名曲をそのまま用いたり、替え歌にしたりして用いるケースが多い。
こういったアンセムは、もともとは「ヨソ様の歌」かもしれないが、チームが勝ったときも負けたときも、晴れの日も雨の日も、健やかなる日も病める日も、クラブがどん底のときも、サポーターたちは繰り返し歌い続ることによって「自分たちの歌」にしてきた。

たとえばヴィッセル神戸の「神戸讃歌」は、エディット・ピアフの「愛の讃歌」の替え歌だ。
Jリーグ昇格決定後の1995年1月17日、クラブにとって初めての練習となった日、ヴィッセル神戸は阪神淡路大震災に襲われた。だから神戸のサポーターは「命ある限り神戸を守りたい」と歌う。あるいはベガルタ仙台の「カントリーロード」を聞けば、愛すべき故郷へと想いをはせずにはいられない。東日本大震災後であればなおのことだ。

そして世界的にもっとも有名なアンセムといえば「You’ll never walk alone」だろう。もともとはミュージカルの楽曲だったが、イングランドのリバプールFCがアンセムとして愛用すると、現在では世界中のクラブがこれに追随。
中村俊輔がかつて在籍したスコットランドのセルティックFCや、香川真司が在籍するドイツのボルシア・ドルトムント、日本ではFC東京がこの歌をアンセムとして愛用している。

「週刊少年チャンピオン」誌上で約7年半に及ぶ長期連載となった古谷野孝雄『ANGEL VOICE』は、不良集団が市立蘭山高校(市蘭)のサッカー部で再起するスポーツマンガだ。
周りからは嘲笑され、幾度となく廃部の危機に晒され、ときに暴力沙汰を起こしそうになるが、マネージャー・高畑麻衣の「天使の歌声」になだめられ、市蘭イレブンは全国選手権出場(=打倒・船和学院)をめざす。彼女が練習前や試合前に歌うのが、前述の「You’ll never walk alone」だ。
やがて高畑は脳腫瘍に冒され、市蘭イレブンは自分たちをまとめてくれたマネージャーのために、驚異的な成長をとげていく。

作中に登場するもうひとつの曲「翼をください」は、1997年にW杯アジア最終予選の最中、日本代表サポーターが歌ったことでも知られている。
W杯フランス大会への出場が絶望的な状況になったとき、メディアはいっせいに日本サッカーバッシングを始め、某スポーツ紙にいたっては一面で「日本情けねえ」と大書した。しかし、それでも日本サポーターは奇跡を信じ、この歌を歌い、そして日本代表はW杯初出場をつかみ取った歴史がある。

34巻から始まった宿敵・船和学院との千葉県予選決勝戦、市蘭イレブンは「翼をください」をハーフタイム中に控え室で歌う。
逆境にあって彼らの身を奮い立たせるものは、つねに歌であった。絶対に負けられない理由が生じた市蘭イレブンは、これでもかと自分たちを追い込み、足も折れよと走り続ける。
そして最終40巻、この熱戦にいよいよ終止符が打たれる。

どうにもサッカーマンガというと、他のスポーツマンガと比較したときに、熱血根性モノが少ないように感じる(塀内夏子を除く)。
しかし、世界各国のクラブにアンセムがあり、それぞれに由来があるように、本来これほど浪花節で情緒的なスポーツも珍しい。そういったサッカーの感傷的な部分を強烈に意識したのが本作といえるだろう。サッカーと歌の親和性に、いやがおうにも気づかされるはずだ。

もちろん試合のシーンも、テンポよくダイナミックであるため、ひとたび読み始めたら、合計40巻という巻数が気にならない。
サッカー好きはもちろん、スポーツマンガや青春マンガが好きであれば、ぜひともこの物語の行く末を見守ってもらいたい。



<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
Twitter:@1976Kayama

単行本情報

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