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【日刊マンガガイド】『魔の断片』 伊藤潤二

2014/07/18


MAnoKAKERA_s

『魔の断片』
伊藤潤二 朝日新聞出版 \800+税
(2014年7月8日発売)


Jホラーと称される日本のホラー映画が『リング』以前以後に分けられるように、日本のホラーマンガも伊藤潤二以前以後に分けられるべきかもしれない。そこにあるのは、「理屈」に収まらない「感覚」としての恐怖だ。
具体的な何かが怖いわけじゃない。ただ、何かがちょっと狂っていて、何かが微妙にかみ合わず、何かがわずかにずれていることで生まれる怖さが、伊藤潤二の作品にはある。
もちろん、絵も構成もうまくて怖い。しかし、そんな「理屈」では説明しきれないものが、その世界観に潜んでいるのだ。

たとえば、「駆け落ちして同棲中の彼が 何かに怯えて布団の中に潜り込むようになってしまった」というモノローグから始まる、本単行本収録1作目の「布団」。「この世には魑魅魍魎があふれているじゃないか」と布団からいっさい出ようとしない彼を、彼女は世話し続けるが、そんな生活は彼女の心身を追い込んでいく。
この場合、通常のホラーマンガで怖いポイントとなるのは、彼が見えるという「魑魅魍魎」だろう。しかし、布団に潜った彼が、疲れていく彼女が、そんな2人がいる空間が、なんだかもう無性に怖い。
ひずんで歪んでねじれてしまった、日常。そのなんとも言えない「感覚」の怖さに、まず読者は侵食される。
そんな不条理文学が示してきたような恐怖を、マンガにして見せるのが伊藤潤二だ。何か得体の知れないものが、自分たちを崩壊させていく。絵のメディアとして、その「得体のしれない何か」を描いて怖さを語ってきたのがホラーマンガだが、伊藤潤二は「得体のしれない何か」があるという気配そのものを表現して見せるのだ。

一方で本作品集には、とある癖のある作家にファンが体面する「七癖曲美」のような笑いと紙一重のブラックな作品も、また死に別れを恐怖する「穏やかな別れ」のような泣きと紙一重の物悲しい作品もある。
その恐怖の感覚は幅広く、奥深い。

本作は、作者の8年ぶりとなるホラー短編集だが、伊藤潤二の描く恐怖は進化――いや、深化している。
解剖に執着する女をめぐる「解剖ちゃん」や、謎の女に口移しで生肉を食べさせられるという「黒い鳥」は、作者の本領発揮というべき不気味な設定で、これまでの作品以上に凶々しい。

この夏、ホラーを読んで涼しくなりたいという人には、オススメしない。
この世界観に触れて、寝苦しい夜をさらに寝苦しくして、悪夢を見ながらもんどり打ちたいという人にこそ、オススメの1冊だ。



<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Summer」が発売中。DVD&Blu-ray『一週間フレンズ。』ブックレットも手掛けています。

単行本情報

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