日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『このマンガがすごい! comics 妖鬼妃伝 美内すずえセレクション 黒の書』
『このマンガがすごい! comics 妖鬼妃伝 美内すずえセレクション 黒の書』
美内すずえ 宝島社 ¥1500+税
(2017年8月12日発売)
子どもの頃、髪を洗うのが怖かった。家の風呂場には小窓があり、外から人形がこっちを見ていたらという想像が止まらず、シャンプーの泡が目に入るのも厭わずに目を開けて髪を洗っていた。
もちろん、目にシミまくった……。
子どもの頃にこの「妖鬼妃伝」を読んだことがある方なら、似たような体験をしたことがあるのではないだろうか?それぐらい本作のファーストインパクトは強かった。それと同時に、本作は昭和の小学生に「『なかよし』の『妖鬼妃伝』見た? ひとりで読むの怖いからみんなで読もうよ」(そして4、5人でページを開く)→「ギャー!!」……といった共有体験もくれた。
“怖い!”の共有は、ときに笑いより強く楽しい思い出として残る。そんな思い出深い「妖鬼妃伝」を含むセレクション集が出た。しかも、連載時のカラーページや著者の20,000字セルフ解説付きだ。
物語はつばさとターコ、2人の少女が電車を乗り間違え、ふと入った帝国堂デパートから始まる。地下鉄のホームを覆うほの暗さ、デパートの閑散としたフロアの侘びしさ、日本人形がはなつ陰の気配……。身近な場所ながら、人が不安を感知しやすい場所を巧みに取りこみながら物語は進んでいく。まず、このロードマップがすばらしい。少しずつ恐怖が膨らんでいくのを感じながらも手が止まらない読み手は、つばさとともに帝国堂デパートの秘密に迫っていく。
親友の死の真相究明という正義感あふれる動機で、恐怖に屈さず夜のデパートへの侵入を成功させるつばさたち。遠足気分でお菓子を持ちよるなどのユーモアを絡めながら、次々に謎を明らかにしていく。その頃には読み手のドキドキは恐怖のそれでなく、冒険譚特有のハラハラドキドキに変わっている。ほのかなロマンスを交えつつ辿りついたエンディングは、不思議な余韻とともに心地よいカタルシスをくれる。
同時収録の「黒百合の系図」の主人公・安希子も泣いて自分の運命を諦めるようなことはしない。庭に黒百合が咲いた直後に死んだ母の過去を探るため、自ら秘境の山村を訪ねるのだ。自分のルーツというだれもが興味を持つテーマの本作も、血まみれの畳や心霊写真などトラウマ必至のシーンを随所に仕込みつつ、日常→歴史的因縁という大いなるイマジネーションの飛躍で読み手の感情をゆさぶってくれる。
最後に収録されている「ひばり鳴く朝」は先の2作以前に描かれた作品だ。ここには、ひとりの老科学者によって何もない真っ白な部屋に幽閉され、外界からの情報をいっさい断たれた13歳の少女が登場する。ある日、老科学者はひとりの青年科学者を呼びよせ、「自分はもう長くないので、この“実験”を引き継いでほしい」と懇願するが――。
人はどこまで孤独と静寂に耐えて生き延びていけるか?
この疑問に取りつかれた老科学者が選んだのは人体実験だった。
青年科学者は少女に人間らしい暮らしを送らせようと尽力するが、そのためにある悲劇を招き寄せてしまう。美内ホラーには珍しい後味の本作には、人間という存在のカオスの噴出が描かれている。
本作を改めて読むと、“恐怖”ってどこにでも転がっているものなんだなと感じる。日常にも、毒々しい植物にも、歴史のなかにも、もちろん人間そのものにも。本作のタイトルに懐かしさを覚えた方も、著者の作品は『ガラスの仮面』しか知らないという方もぜひ読んでもらいたい少女ホラーの決定版。
この夏、思いっきり“怖い!”をエンジョイしよう。
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<文・山脇麻生>
ライター&編集者。「朝日新聞」「SPA!」などにコミック評を寄稿。
Twitter:@yamamao