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6月29日はサン=テグジュペリの誕生日 『星の王子さま バンド・デシネ版』を読もう! 【きょうのマンガ】

2015/06/29


HoshinoOujisama_s

『星の王子さま バンド・デシネ版』
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ(作) ジョアン・スファール(著)
池澤夏樹(訳) サンクチュアリ出版 \1,780+税


19世紀最後の年の6月29日。
フランスのリヨンで、文芸史に大きな足跡を残す人物が産声をあげた。
第二次大戦の前と間にフランスおよび亡命先のアメリカで軍用飛行機操縦士として活躍し、みずからの体験をもとに執筆した本で、有名パイロットと有名作家の地位を同時に築いたその人物の名は、アントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ。
そう、『星の王子さま』の著者である。

サハラ砂漠に不時着した飛行操縦士が、小さな星から地球へやってきた年若い王子と出会って旅の遍歴を聞かされ、別れるまでの交流を描いた『星の王子さま』。
操縦士と王子の対話は、1935年にリビアの砂漠で墜落事故に見舞われた時のサン=テグジュペリ本人の内面世界をあらわしている。
愛と友情に関する豊かな示唆に満ち、老若男女だれにでも「刺さる」寓話だ。

今回は、この名作をマンガに描き起こした近年の作品を紹介したい。
フランスの漫画家・ジョアン・スファールの『星の王子さま バンド・デシネ版』である。
邦訳は作家で翻訳家の池澤夏樹。アニメファンには声優・池澤春菜のお父上としても有名ですね。

「バンド・デシネ(BD)」はフランスやベルギーなどフランス語圏におけるマンガを指し、芸術の一形態として追求されている分野。そこで活躍する漫画家が『星の王子さま』を描くと、さてどうなるのか。
まず筋立ては、みながよく知るあの物語だ。あくまで原作をふまえて脱線していない。
ただしマンガには絵柄が生み出す意味づけというものが加わってくる。
サン=テグジュペリの手による挿絵の素朴で上品な造形を見てから、BD版の王子をじっくり見てほしい。

ずいっとのぞきこむように大きく描かれた瞳は、大人にもの言いたげな含みがある。
顔にはしばしば影が落ち、明るい好奇心だけではなく何か厳しい疑心じみたものを突きつける。
身体はそのうち猫背になってしまいそうにわかずな屈みがあり、思わず慰めてやりたくなるような寂寥感をにじませる。

いきいきとしているが、同時に、何かに傷つき続けた子どものざらざらした様子をともなっているのがBD版の特徴なのだ。

だから「刺さる」角度が原典とは違ってくる。
抽象化された精神性ではなく、身近に渦巻く感情に寄り添ったものとして読める。
池澤夏樹による翻訳もそれをきちんとつかんでおり、テキストからもいい意味で行儀のよくない王子の像が盛り立てられている。

本作は、単に名作の傘を借りてコミカライズした従属的なものではない。
原作のイメージに真っ向から挑みかかった“異伝”として成立しており、本作自体がまた名作なのである。



<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7

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