『ビフォア・アンカル』
アレハンドロ・ホドロフスキー(作)ゾラン・ジャニエトフ(画)/原正人(訳) パイインターナショナル \3000+税
(2015年2月24日発売)
『アンカル』は、メビウスとホドロフスキーの強力タッグが生みだした80年代バンド・デシネの傑作。
その完結直後から90年代中頃にかけて刊行されたのが、主人公であるR級探偵ジョン・ディフールの青年時代を描いた前日譚『ビフォア・アンカル』です。
原作は『アンカル』と同じくホドルフスキー、作画は『アンカル』終盤でカラリストも務めた、ゾラン・ジャニエトフが担当しています。
科学の発達した第2014地球、その地下都市の上層には貴族が、下層には貧しい人々が住んでいる。
ミュータント(突然変異体)、感染性アナーキストたちがうごめく深層部は、ひまをもてあました貴族たちにとって格好の遊び場。
自殺も見世物となったこの世界では、生と性が汚濁にまみれ、スピリチュアリズムとサイエンティズムが混在し、愛と聖性が突然あらわれる。
ホドロフスキーのカオスな世界観は健在ですが、『アンカル』に比べれば情報量が抑えられているため話の展開がより唐突に感じられ、ホドロフスキー特有のイメージのスピード力は、むしろこちらの『ビフォア・アンカル』のほうで堪能できるかもしれません。
もちろん『アンカル』ファンにはその前日譚として楽しめるでしょうし、純粋に謎解き探偵物としても読める『ビフォア・アンカル』は、『アンカル』の情報量の多さにたじろいでしまう人にとって格好の入り口となることでしょう。
今回の日本語版を出版したのは、2014年に日本へ進出してきたフランスの出版社であるユマノイド社。
これまでだいたい月1冊のペースでフランスのマンガを刊行してきており、そのなかには、おなじくジャニトフが作画を担当した「アンカル・シリーズ」の一冊『テクノプリースト』も含まれています。
また『ビフォア・アンカル』とは逆に後日譚を描いた『ファイナル・アンカル』や、スピンオフ作品『メタ・バロンの一族』(小学館集英社プロダクション)の前日譚である『カスタカ』、そして『アンカル』完全版に『アンカルの謎』を追加収録した新装版も近日刊行されるらしい。
長らく絵を眺めるしかなかった日本の「アンカル・シリーズ」ファンにとっては、いい時代が来たものです。
<文・野田謙介>
マンガ研究者、翻訳者。雑誌「Pen」の特集「世界のコミック大研究。」(阪急コミュニケーションズ、2007年、No.204)の企画・構成を手がける。訳書に、ティエリ・グルンステン『マンガのシステム――コマはなぜ物語になるのか』(青土社、2009年)、エマニュエル・ギベール『アランの戦争――アラン・イングラム・コープの回想録』(国書刊行会、2011年)。