365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。
3月30日はゴッホの「ひまわり」が58億円で落札された日。本日読むべきマンガは……。
『新装版 ひまわりっ ~健一レジェンド~』第1巻
東村アキコ 講談社 ¥520+税
本日3月30日は、バブル経済まっただなかの1987年に、安田火災海上保険(現・損害保険ジャパン日本興亜)がロンドンのオークションで、フィンセント・ファン・ゴッホの絵画《ひまわり》を3992万1750ドル(手数料・保険料込み。当時のレートで約58億円)で落札した日。
ゴッホの《ひまわり》(=花瓶に挿された向日葵をモチーフとした油彩画)は全部で7点あり、本作はそのうち1888年12月ころ、1888年12月23日に起こる有名な「耳切り事件」直前に描かれたと見なされる、5番目の作品だ。
マンガで「ひまわり」を連想させるタイトルは数多あるだろうが、今回は何より、東村アキコの『ひまわりっ ~健一レジェンド~』を紹介したい。
というのも、美大の油絵専攻を卒業後、出身地である宮崎の地元企業で働き始める林アキコを主人公に、その父・林健一の斜め上でユーモラスな奇行を描く(前半部。後半部は恋愛問題とマンガ家として物語が展開する)という、東村アキコ(実家の性は林)の実体験が強く反映された『ひまわりっ』は、そのタイトルのみならず、企業と画家の話という点で、安田火災海上保険による《ひまわり》購入エピソードと奇妙な一致を見せているからだ。
それにしても、もうすでに『ひまわりっ』を読んだことがある人でも、東村の近作、「女性版まんが道」こと自伝マンガ『かくかくしかじか』(2011年~2015年)の完結後の現在、あらためて本作に触れてみると、当時とはまた異なった印象を受けるはずだ。
というのも両作を照らしあわせれば、『ひまわりっ』には思っていた以上に実体験からくるエピソードが多いと感じるだろうし(特に天然イケメンの「健一2号」はどう見ても西村くんだし、遠距離恋愛というモチーフまで自身の恋愛経験がベースのようだ)、そして何より、当時はサラッと読み流していた絵画教室のくだりが一大ロマンとして立ち上がってくることになるからだ。
『ひまわりっ』のなかには、(林)アキコのデビューマンガを読んだ親戚から、そのフィクションのなかに描かれている出来事が現実に起こった出来事だと勘違いされるというエピソードが出てくる。
単なるギャグとして描かれるそれは、しかし、『かくかくしかじか』のなかに実体験として再登場することで――「フィクションは現実ではない」というフィクション(『ひまわりっ』)が、現実を描くフィクション(『かくかくしかじか』)のなかで現実として示されることで――、判断の審級が決定不能となる入れ子のなかへと読者を迷いこませる。
ゴッホが《ひまわり》の直後に陥る狂気と幻覚の世界に通じる酩酊感、と言ってはややこじつけがすぎるが、どちらが先でも問題はないので、『かくかくしかじか』とこの『ひまわりっ』、まずはどちらかを手に取ってみてほしい。
今日はその絶好のタイミングだ。
<文・高瀬司>
批評ZINE『Merca』(アニメルカ×マンガルカ×ジャズメルカ)主宰。アニメ/マンガ論を『ユリイカ』などに寄稿。インタビュー企画では「Drawing with Wacom」などを担当。
TwitterID:@ill_critique
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