「あの話題になっているアニメの原作を僕達はじつは知らない。」略して「あのアニ」。
アニメ、映画、ときには舞台、ミュージカル、展覧会……などなど、マンガだけでなく、様々なエンタメ作品を取り上げていく「このマンガがすごい!WEB」の人気企画!
そう、これは「アニメを見ていると原作のマンガも読みたいような気もしてくるけれど、実際は手に取っていないアナタ」に贈る優しめのマンガガイドです。「このマンガがすごい!」ならではの視点で作品をレビュー! そしてもちろん、原作マンガやあわせて読みたいおすすめマンガ作品を紹介します!
今回紹介するのは、劇場アニメ『この世界の片隅に』
こうの史代の『夕凪の街 桜の国』が発表された時のことはとてもよく覚えている。
それまで「ヒロシマのマンガ」の代名詞を担い続けた『はだしのゲン』に比肩する新しい作品が、戦後生まれの作家の手から生み出されたのは驚きだった。
8月6日の後日譚を描くという手法の『夕凪の街 桜の国』は、柔らかくかわいらしい絵柄でありながら、『はだしのゲン』とはまた違う凄みを感じさせる。そして、この作品から3年の後に連載開始された『この世界の片隅に』で、再び私たちの知らないヒロシマを描ききってくれたことには驚嘆するばかりである。
昭和19年、ヒロイン・浦野すずは広島市から呉の北條周作のもとに嫁ぐ。絵を描くのが得意で、のんびりした性格の彼女が慣れない環境でちょっとしたドジをやらかすのがほほえましい。
優しい周作の父母とは裏腹に、出戻りの周作の姉・径子はすずに苛立ちを隠さないこともあるけれど、すずは足の悪い義母にかわる一家の主婦として一生懸命だ。食糧や生活物資が次第に乏しくなるなかで工夫を凝らし、消防訓練に精を出しーー戦時下の日常がつまびらかに描かれているのは本作の唯一無二の魅力だ。
その特殊な日常をより我が事として……現在、私たちの日常も、すずたちの生きた世界もまったく同じものであるのだと感じさせる力が、この映画にはある。澄み渡る青空を流れる白い雲、風になびく木々の葉。マンガ原作のイメージをこわすことのない温かみのある色彩に包まれ、物語のなかに身を引きこまれるような感覚を得る。
このたびのアニメ映画化では、すず役にのん(本名・能年玲奈)が抜擢されたことも大きな話題になった。いや、これが大したハマリ役だ。あれほどの国民的女優なのだからどうしたって女優本人の顔がチラついてしまうのではないかという心配はまったくの杞憂。広島弁のあけっぴろげな雰囲気の心地よいこと。おっとりとした性格ながら、すずの感情がしっかりと伝わる演技をみせている。
物語が昭和20年にさしかかると、呉へも爆撃が頻繁に。そして6月、空襲を受けたすずが怒りと悲しみ、そして戦争への疑問に苛まれるシーンの演出は圧巻だ。
様々な画材と描法、コマ割りの技法を駆使して“その世界”を伝えることにこだわった原作の息づかいを、本作は忠実に表現している。ただし、エンディングの部分には唯一、原作にない場面が挿入されている。どうか最後の最後まで気を抜かずに画面に見入っていただきたい。
広島県の呉市立美術館では、本作の公開にさきがけ「マンガとアニメで見る こうの史代『この世界の片隅に』展」が開催中。原画や取材ノート、多くの写真資料などが展示され、話題となっている。また『「この世界の片隅に」公式アートブック』もぜひ併読をオススメしたい。
\『「この世界の片隅に」公式アートブック』が現在、好評発売中!/
片渕須直監督による劇場アニメの設定原画、設定資料などの関連資料や、原作マンガのカラー原画グラビア、著者・こうの史代先生による原作マンガ解説、さらには主演・のんさん(すず役)インタビューなどスペシャルな特集が盛りだくさん!!
そしてなんと、10月23日開催の「コミティア」企業ブースでも販売予定!
「コミティア」では、片渕監督とこうの先生のトークショーもあるので、ぜひ足を運んでみてください。
『「この世界の片隅に」公式アートブック』
宝島社 ¥2300円+税(2016年9月14日発売)
劇場アニメ『この世界の片隅に』を観たあとに……
何を隠そう、「このマンガがすごい!WEB」は、マンガの情報サイト! そんなわけで、劇場アニメ『この世界の片隅に』をさらに楽しみたいアナタに、読んでほしいマンガを紹介しちゃいますよっ。
『この世界の片隅に』こうの史代
『この世界の片隅に』上巻
こうの史代 双葉社 ¥648+税
(2008年1月12日発売)
太平洋戦争前後の広島・呉を舞台に、主人公・すずの日常を丹念に描いた本作。
特筆すべきは、本作が物語の時間間隔を共有するがごとく、1話が1カ月ごとで進行していくスタイルであること。(各話のタイトルが「〇年〇月」となっており、タイトルどおりに時が進んでいく。)
映画では120分に原作3巻分の内容がまとめられているが、単行本では時間の経過を感じながら読むと、よりすずたちの世界に寄り添えるはずだ。
また、細かな描写も見逃せない。口紅や羽根ペンなど、様々な道具を使っていることや、随所にコマのなかに猫や鳥が映っていることなど、著者の遊び心が楽しい。何度読み返しても、新たな発見があるだろう。
『夕凪の街 桜の国』こうの史代
『夕凪の街 桜の国』
こうの史代 双葉社 ¥1000+税
(2004年10月12日発売)
原爆が落とされてから10年後の広島を生きる女性が主人公の本作は、10年経っても「あの日」を1日たりとて忘れようもない当事者の気持ちをまざまざと見せつけた。
原爆症により刻々と体を蝕まれていくヒロインのモノローグが心に響く、結末近くのコマ運びは映画を思わせる迫力だ。『桜の国』は、被爆2世世代を主人公に据えた作品。戦後の広島を舞台に、消えることのない原爆の傷跡を斬新な切り口で描いた傑作である。
『あの夏に還して』古宮あき
『あの夏に還して』
古宮あき KADOKAWA ¥800+税
(2016年2月15日発売)
ごく平凡な女子大生・藤村京のひとり暮らしの部屋に突然現れた軍服の若い男。彼、赤坂弘之はなんと第2次世界大戦中からタイムスリップしてきたらしい。行きがかり上、弘之を同居させることになった京のもとに、その後も2人の男が同様にタイムスリップしてきて!?
コメディタッチの箇所もあり軽く読ませるが、じつにまじめな作品。当時、命懸けで「人を殺す」前線に立っていた若者たちが平和な時代にやってきたら……という一風変わった発想から戦争を俯瞰する意欲作だ。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
ブログ「ド少女文庫」
(C)こうの史代/双葉社
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会