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今回紹介するのは、『バットマン:エターナル』
『バットマン:エターナル』 下巻
スコット・スナイダー/ジェイムズ・タイノンIVほか(作)
ジェイソン・ファボック/ダスティン・グエンほか(画) 吉川悠(訳)
小学館集英社プロダクション ¥5,500+税
(2017年7月19日発売)
バットマンが初めてアメリカンコミックスの世界に現れたのは1939年。
本作『バットマン:エターナル』はその75周年を記念すべく企画された特別な長編だ。
読んでみればわかるが、その気合いの入り方は半端なものではない。
終始クライマックスが続く、壮大なお祭り騒ぎだ。
なにしろ、ペンギンやリドラーなどのおなじみの面々はもとより、あらゆるヴィランがゴッサムの各所で、ときには香港やリオなどの海外の都市で暴れまわる。
「いつものことじゃん」と思うことなかれ、今度はそれぞれの事件が矢継ぎ早に展開され、その背後で進行する事態を把握することができない。
それもいつものことだと思ったあなたはバットマンのいい読者だ。
でも今度のは密度が違う。バットマンをはじめとするバットファミリーの面々、複雑に対立するヴィランたち、ゴッサム市警の内部にいたっては正義の象徴であるゴードン本部長が罠にはまって逮捕されるという事態……どこを向いても大混乱だ。
ゴッサムシティのそこここで、つまりゴッサム市警の署内で、スーパーヴィランたちやギャングたちが収容されているアーカム・アサイラムやブラックゲイト刑務所で、バットマンたちの活動の中枢であるバットケイブで、そしてキャットウーマンの隠れ家で、どこかで常に様々な事件が起こっている。
アメコミの歴史上もっとも有能な「探偵」として知られるバットマンをして、この全1200ページにわたる大長編の最後になるまで、事件の全貌を掴むことができない。
読者はかなり早い段階で事件の黒幕の活動を目にしているし、ずっとその「暗躍」を眺めているはずなのだが、おそらく無意識にその事実を受け入れることができない。
下巻のクライマックスで真犯人による真相の暴露がされる時、バットマンと同様に読者も深い無力感を味わうことになるだろう。
上巻冒頭からフルスロットルの、フラッシュとブラックライトが閃くなかをジェットエンジンつきのジェットコースターが地面を崩壊させながら突き進むみたいな勢いの物語にすっかり疲労した読者は、バットマンの心身の限界と絶望感に一体感を感じるだろう。
今回、バットマンことブルース・ウェインの資産は、黒幕の陰謀によってほとんど没収されてしまう。
ブルースの住んでいたウェイン邸までもが取りあげられ、一連の事件の一端である、アーカム・アサイラム壊滅崩落事件でいくあてのなくなった患者たちの受け入れ場所として利用されることになるのだ。
世界を股にかけ飛びまわり、鍛えあげられた心身と莫大な財産、周到に準備された数々の拠点、明晰な頭脳、頼れる何人もの個性的な仲間たちとともに探っても真犯人は見つからないし、その計画の「全貌」も把握できない。畳み掛けてくる疲労と絶望の果てに、バットマンとゴッサムに訪れる、これ以上ないくらいに完璧な逆転劇。
バットマンはエターナル(永遠)ではない、というスーパーパワーなしヒーローの代表格・バットマンにつきまとう弱点を、このようなかたちではなく強みに変えることはできるだろうか。
バットマンにも不可能なことがある。バットマンとて全知全能ではないのだ。
しかしそれだからこそ示すことのできるヒーローのあり方がある。
本作は超一級のエンターテインメントでありながら最後にはその深いテーゼを提示して終わる。
ぜひ挑戦してみてほしい。
<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
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