『カレチ』第1巻
池田邦彦 講談社 \543+税
10月14日は、新橋(後の汐留貨物駅・現在は廃止)~横浜(現在の根岸線桜木町駅)間に日本初の鉄道が開業した日。1872(明治5)年のできごとである。
いまや電車に乗るのは当たり前すぎるが、それでも、ふと「歩けば何時間もかかるような距離を百数十円で運んでもらえるってすごいことだ」と思うことがある。どんどん快適になる鉄道事情に慣れきっているけれど、それを支えている人々への感謝の気持ちは忘れたくないものだ。
『カレチ』は、長距離列車に乗務する車掌の仕事ぶりを描く読み切り連作である。
「カレチ」とは耳慣れない言葉だが、国鉄内部で使われた呼称で「旅客列車長(りょかくれっしゃちょう)」から「カ」「レ」「チ」を抜いたものだそう。
物語の舞台は昭和40年代後半。大阪車掌区に配属された新米カレチ・荻野はとにかく乗客のために一生懸命で、職務の域を超えてお客さんに肩入れしてしまいがちだ。乗客一人ひとりの事情をかんがみて、困っているお客さんにはなんとか融通をきかせようと奮闘する。
そんな荻野をときには厳しくたしなめ、ときにはマニュアルを逸脱しても、その姿勢を評価するベテラン上司たちの頼もしさもグッとくる。
「お客さんの力になりたい」という人情と、「プロはどうあるべきか」という仕事論が一体となった骨太なドラマを通じ、荻野カレチが成長していく読み応え抜群の物語。
ラスト近くでは「国鉄」が分割民営化によって「JR」に生まれ変わる、ひとつの時代の終焉をもって締めくくられている。
作者は漫画家デビューする以前、鉄道ライターとして長く活躍していたという異色の経歴を持つ。鉄オタを唸らせる情報量、古きよき昭和のムードがあいまっての名作である。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
「ド少女文庫」