『白泉社文庫 笑う大天使』第1巻
川原泉 白泉社 \590+税
大統領の誕生日が、なぜか熊のぬいぐるみの記念日。
10月27日は、アメリカ第26代大統領のセオドア・ルーズベルトの誕生日で、同時に「テディベアズ・デー」に制定されているが、これは大統領の熊狩りの逸話に起因している。
大統領就任翌年の1902年、熊狩りに出掛けた当時44歳のルーズベルト。獲物に恵まれず、気をつかった猟師が自分が追いつめた熊をルーズベルトにゆずろうとしたが、瀕死の熊を撃つのはスポーツマン精神に反するとして彼は仕留めなかった。この逸話の紹介記事に描かれた熊の挿絵をもとに作られたぬいぐるみがテディベアの第1号で、そのため大統領の誕生日がテディベアの日となっているわけだ。
大統領の熊の逸話はいい話として知られているが、少女マンガでテディベアにまつわるいい話といえば、川原泉『笑う大天使』の一篇「オペラ座の怪人」がある。
本作は、良家の子女を対象にした本物のお嬢様学校・聖ミカエル学園で猫かぶりの学園生活を送る、3人の女の子たちのコメディ。「オペラ座の怪人」は、3人組のひとり・地味で庶民派で小柄な更科柚子(さらしな・ゆずこ)と新進気鋭のオペラ歌手・ハルさんことラインハルト、彼のお守りで友人でもある熊のぬいぐるみ・ルドルフとのほろりとくる友情を描いている。
ルドルフは、小さい頃から不器用な慌て者だったハルに父親がプレゼントしたお守り。ハルは音楽の才能を開花させて、現在は柚子の担任で彼女とハルたちを繋ぐローレンスという親友も得る。ハルからすれば、すべてはルドルフのおかげだ。
一方、いつからか心が宿り、ひとりで動き出すようになったルドルフからすれば、ハルの今の幸福はハル自身が引き寄せたもの。それでも、それだからこそ、大事にしてくれたハルに報いたいと、ルドルフはハルのために尽くす。
そしてイギリスのローレンスの家で、ハルやローレンスの家に滞在していた柚子たちと楽しい時間を過ごすが……。
泣ける少女マンガとしても名高い本作は、笑いもたっぷりありながら、叙情的でじんわりくる川原作品の魅力が十二分。その美しくも哀しいラストは、涙なしには読めないはずだ。
テディベアの日に、ルドルフの愛らしさとけなげさに心打たれてみては?
<文・渡辺水央>
マンガ・映画・アニメライター。編集を務める映画誌「ぴあMovie Special 2014 Autumn」が9月17日に発売に。『るろうに剣心 京都大火編/伝説の最期編』パンフも手掛けています。