『アドルフに告ぐ』第1巻
手塚治虫 講談社 \850+税
現在の日本では西暦が用いられているが、戦前は皇紀(神武天皇即位紀元)が用いられていた。初代天皇である神武天皇の即位から数える紀年法であり、昭和15(1940)年は皇紀2600年にあたる。
同年は、万世一系を讃える記念行事が続き、国全体が祝賀ムードになったという。そして11月10日には、内閣主催で宮城前広場(現在の皇居外苑)にて「紀元二千六百年式典」が盛大に開催された。
この年に日本放送協会の主宰で作られた唱歌「紀元二千六百年」は、奉祝歌としてラジオ放送で普及し、大ヒット曲となった(落語ファンには、川柳川柳師匠が高座でいきなり歌いだすアレ、でおなじみ)。
当時の日本は、日中戦争開戦からすでに3年が経過し、「戦時下」のまっただなか。さらに翌年にはアメリカとも開戦することになる状況である。
手塚治虫『アドルフに告ぐ』は、第二次大戦下の日本とドイツを舞台に、「3人のアドルフ」をめぐる数奇な運命を描いた名作。
主人公・峠草平は、ふとしたことからアドルフ・ヒットラーの出生の秘密を知り、人生が大きく変わってしまう。神戸育ちのユダヤ人青年アドルフ・カミルは、昭和15年、喫茶店で「紀元二千六百年」の唱歌を聞き、時局の変化を感じるとともに、ユダヤ人としての立場の難しさに頭を悩ませる。
神様・手塚の名作を通じ、戦争にひた走っていく日本国内のムードを感じ取れる。
余談だが、大日本帝国海軍の零式艦上戦闘機(ゼロ戦)は、皇紀「(26)00年」に正式採用されたことから「零式」と名付けられ、そこから通称は「零戦」となった。
<文・加山竜司>
『このマンガがすごい!』本誌や当サイトでのマンガ家インタビュー(オトコ編)を担当しています。
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