朝日文庫『ネオ・ファウスト』
手塚治虫 朝日新聞社 \660+税
2月9日は「漫画の日」。
……って、この「きょうのマンガ」をずっと読んでいただいている方なら「あれ? 11月3日もそうじゃなかったっけ?」と思われるかもしれないが、じつはそちらは日本漫画家協会が制定した「まんがの日」。そして、本日2月9日は有名古書店である「まんだらけ」が制定した「漫画の日」なのだ。
まぁ、どこが制定したのかということはさておき、重要なのはそれぞれの日が手塚治虫の誕生日と命日にちなむということ。さすが「マンガの神様」と呼ばれるだけのことはある。
ということで、手塚治虫の命日にちなんだ日となれば、やはり紹介すべきマンガは絶筆となった『ネオ・ファウスト』だろう。手塚治虫は死の直前まで『グリンゴ』、『ルードウィヒ・B』、そしてこの『ネオ・ファウスト』を連載(いずれも未完)していたのだが、そのなかでも、最後に描かれたのは本作だと言われている。
そして、ただ単に「最後の作品」であるだけでなく、まず手塚にとってこれがゲーテの『ファウスト物語』に題材をとるのが3度めという、生涯をかけて描いたモチーフであるということ、加えて「もう一度若返って、やり残したことをやり遂げようとする」という内容や、主人公の才覚を見い出す実業家・坂根第造の病状などに、手塚治虫本人の願望や現実の姿を重ねて見ることができるという点でも非常に興味深い。
しかし、何よりも重要なことは、そんなことを抜きにしても「メチャクチャおもしろい」作品であるということだ。
あらすじを書いておくと、生命の神秘を解き明かすことなく死を迎えようとしていた大学教授・一ノ関は、女悪魔・メフィストフィレス(メフィスト)と契約し、若返りをはたすが記憶を喪失。
やがて実業家の坂根第造の命を助けたことから、メフィストの手引でその全財産を引き継ぎ「坂根第一」となるのだが、開発事業には興味のない第一は「生命の創造」を夢見て、将来バイオテクノロジーと呼ばれる分野へ。
ところが、そこで元の自分である一ノ関と巡りあってしまい──というのが、第一部の概要。物語の序盤に起きた事件にループして謎が解き明かされる過程は、本当に今読んでも興奮するほど絶妙だ。
そして最終的に知識と富を兼ね備えた「一ノ関第一」となった主人公が、いよいよ野望を実現しようかという第二部が始まって間もなく、未完のまま終わっている。
その後の構想については朝日文庫版のあとがきとして収められている長谷川つとむ氏の解説を読んでいただきたいが、あえて言いたいのは「こんなおもしろいマンガが中断したまま終わるなんて、ヒドい!」ということ。
非常に壮大な物語が構想されていただけに、本当に未完が残念でならない。
最後に収録された、ほとんど空白の下描きがあまりにも切ないが、今日という日はあらためてこの「未完の傑作」を読んで、思いをめぐらせるのもいいんじゃないでしょうか。
<文・大黒秀一>
主に「東映ヒーローMAX」などで特撮・エンタメ周辺記事を執筆中。過剰で過激な作風を好み、「大人の鑑賞に耐えうる」という言葉と観点を何よりも憎む。