『SWAN -白鳥- モスクワ編』第1巻
有吉京子 平凡社 \629+税
1877年3月4日。この日、モスクワ・ボリショイ劇場バレエ団が、バレエのなかでもっとも有名な作品である『白鳥の湖』を初演した。
とはいえ初演は、振付師・ダンサー・指揮者ともに恵まれず酷評。
のち1895年に、マリウス・プティパ振付で改めて披露され、これが現在観ることのできる『白鳥の湖』の大もとの形になっている。
バレエファンでなくても『白鳥の湖』はご存じの方が多いだろう。
あのチュチュ(衣装)にヘッドドレス、腕を翼のように動かす振り付け。音楽もCMなどに使われて耳になじんでいる。
同じように、バレエのことは知らなくても、特に女子が憧れを抱いて読んだマンガ。それが有吉京子の『SWAN -白鳥-』だ。
思えば筆者が最初にこのマンガに出会ったのは小学生。まだバレエのバの字も知らない頃で、でもマンガを見ては想像をふくらませた。
主人公・聖真澄が最初に、裸足で踊ったブラック・スワン(『白鳥の湖』の中に、王子を惑わすために黒鳥が出てくる。振付も求められるテクニックもものすごい)。あのインパクトは忘れがたい。
しかし今回ご紹介したいのは、元祖ではなくその続編の『モスクワ編』。(現在全4巻で完結)
主人公の真澄と、そのパートナーであるレオンが、創作バレエを踊るためにボリショイ・バレエに招かれたことから物語は始まる。
そして真澄は様々な事件と人々とのかかわり、そしてすばらしいバレエを踊る経験によって、人間として大きく成長していく。
ストーリーの軸には『白鳥の湖』ではないが、同じ白鳥が主役の創作バレエ『アグリー・ダック』がすえられている。これは著者オリジナルで、現実世界では存在していない(はず)。
タイトルからもわかるとおり『みにくいあひるの子』をベースにしていて、あひる(白鳥)の子が本当の自分をみつける旅を、主人公の自分探しの旅に重ねあわせている……と文章でまとめてしまうと、なんだか陳腐で少々申し訳ない気持ちになる。
しかし、これをきらびやかで繊細、かつデッサンのたしかな有吉氏の絵柄で描くと、それはもう、本物のバレエよりも美しく、ドラマティックなのだ。
このマンガは、バレエの世界を超えてスピリチュアルマンガと言ったほうが正しいかもしれない。
特に『アグリー・ダック』の物語は、人間の魂の旅というべきもの。スピ的知識を持っている人なら、ああ、もうスピリチュアルど真ん中! これぞ人間の魂が成長していく姿! と思うはず。
古典『白鳥の湖』は、わかりやすく起伏に富んだ展開でつづられる演劇的な作品だ。
ラストは、愛をつらぬいた白鳥の女王と王子が、その生死はバージョンによって異なるものの、悪を倒してむすばれるラブストーリー。
一方『アグリー・ダック』は、最後は自分自身のなかに戻る物語だ。
外に求めても、何もみつからない。完璧なパートナーですら、本当の自分をみつけるための水先案内人。真実の幸福は、いつも自分のなかにしか存在しない。
ということで『SWAN -白鳥- モスクワ編』はバレエマンガとしても、現代人が読むべきスピリチュアルの書としてもおすすめ。
とはいえ続編なので、まだ本編を読んでない方はそちらをどうぞ。バレエマンガの基本中の基本なので、読んでバレエを観るも、バレエを観てから読むもご自由に。
ちなみにバレエおたくが『SWAN』を読むと、「この衣装何? マノン それとも椿姫?」とか、「ここのフィッシュ(決めポーズのひとつ)、くるみ割りだよね?」「このコマにいるの、今は亡きベジャールだ!」みたいな感じになる(実話)。
重箱のスミ的に楽しむのもまた一興です。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」