『純潔のマリア』第1巻
石川雅之 講談社 \533+税
時は1450年4月15日。フランス北部ノルマンディー地方で、フォルミニーの戦いが起こった。
百年戦争が終わる3年前、もっとも後期の戦いのひとつだ。
さて、日本人には比較的なじみの薄い、この百年戦争を扱ったマンガがある。『純潔のマリア』がそれだ。
つい半月前までアニメも放映されていたので、ご存じの方も多いのではなかろうか。
著者は『もやしもん』の石川雅之。緻密な画風で、中世後期のヨーロッパの戦闘や風俗を詳細に描き出している。
そして主人公のマリアは魔女。聖母マリアと同じ名を持ち、同じように処女で、争いの大嫌いな魔女なのだ。
物語のなかでは、百年戦争のなかでもいつごろの出来事なのか、特に明記されているわけではない。
しかしセリフの端々でその見当はつく。
1巻でラ・ピュセルことジャンヌ・ダルクが火刑に処された(1431年)後だとわかり、2巻になると「100年近くも戦争なんかやってるからよ!」とマリアが怒っている。さらに「リッシュモンはボルドー落とすまで止まらない」というセリフもあり、百年戦争最後の戦いであるカスティヨンの戦い(1453年)も近いらしい。
総合するに、『純潔のマリア』の舞台は百年戦争の終わり間際、ちょうどフォルミニーの戦い前後と考えてもあながちまちがいではなさそうだ。
この時代、魔女は異端者だ。なかでもマリアは最高レベル。
戦争でかせぐのが魔女たちの常識なのだが、戦いを嫌悪するマリアはそこからもはずれる異端っぷり。
夜な夜な、使い魔のサキュバスであるアルテミスを使わして、戦争の幹部クラスを骨抜きにするだけでは飽き足らない。戦いの最前線にみずから飛び込み、自身の魔法でドラゴンやらバジリスクやらゴーレムやら、巨大な魔物を出しては退却を余儀なくさせる。
(この魔物、本物のときもあるが、ときに使い魔のプリアポスが化けてたりもする)
そんなマリアの行動は目立ちすぎ、ある日、世の理(ことわり)をあまりにも乱すと大天使ミカエルに目をつけられる。
ミカエル名代のエゼキエルを見張りにつけられ、それでもマリアの行動は変わる気配はないが……。
それにしても、マリアという魔女は本当におもしろく、かわいい。
人々を驚かせる大魔法を使える実力があるのに、処女で乙女で、心惹かれる男性に名前も聞けない。
そのくせ、大天使ミカエルさえ敵にまわしても構う様子がない。
無鉄砲で、自分の感情に素直で、嫌なことは嫌、好きなことは好き。あれこれ考えてもみるけど、結局理づめではなく、感情ですとんと理解する。
大きな物語を動かすエネルギーの塊。それがマリアというキャラクターだ。
巻を重ねるにつけ、マリアは自分に何が欠けているのかを知ることになる。
でも――つまるところ、マリアはマリア。それこそが、このマンガの最大の魅力。
そして、マリアがマリアであることを愛し、ひいてはその人がその人であることをよしとしてくれる、たくさんの登場人物たちの配置がじつに巧みだ。
なかでも、魔女同士の友情、さらに魔女と使い魔の関係は本当に見ていて温かい気持ちになる。
また使い魔である動物たちのかわいいこと! フクロウ姿のアルテミスとプリアポスはもちろん、(正確には使い魔ではないが)エゼキエルのハト姿が最高。フクロウたちにつつかれるところもかわいすぎる!
限定版コミックスは、1/1アルテミスのぬいぐるみ付き。使い魔に心奪われてしまった人(笑)は、今からでもそちらを探してみては。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」