『新装版 ヨコハマ買い出し紀行』第1巻
芦奈野ひとし 講談社 \638+税
時は1968(昭和43)年のきょう、4月22日。
神奈川県の横浜市が人口200万人を突破し、市としては名古屋を抜いて東京と大阪に続く国内第3位の人口集中都市となった。
これは都市づくりの構想計画を打ち立てて生活インフラを整えた横浜市自体の成長に加え、首都・東京の郊外がやたらめったらに開発されたことで外側へ押し出された人々が隣接する横浜へ流れこんだためでもあった。スプロール現象というやつですね。
当時の市の行政資料「横浜市宅地開発要綱」(昭和43年8月)を見ると、人口増加率は年10パーセント以上にもおよんでいたという。このスピードに公共施設や住宅地の供給を間にあわせるため、自治体はたいへんな思いをしたようだ。
その努力のかいあって、横浜は現在もなお国内トップクラスの総人口をもつ政令指定都市として存在感を誇り、この都市を舞台としたフィクション作品も数多く創作され続けている。
さて、今回とりあげるのはそのなかでも、逆に人間の数が減ってしまった「ヨコハマ」を描く『ヨコハマ買い出し紀行』である。
舞台は遠い未来。
海面上昇でかつての都市部の多くが水没し、人類社会全体が後に「夕凪の時代」と呼ばれる衰退期を迎えているころ。
それをことさらに嘆いたり憤ったりはせず、どこまでもおだやかに生きる人とロボットたちのスローライフを叙情たっぷりに描いたSFマンガが本作だ。
主人公の「ロボットの人」こと初瀬野アルファさんは、神奈川の南東にある三浦半島あたりで喫茶店を営む女性型人造人間。
長らく不在のマスターの留守をあずかり、人間のお客さんへコーヒーを出して歓談するのがおもな仕事だ。ときにはスクーターに乗ってあちこち巡り、身近な景色にはかない美を見出す日々を過ごしている。
年をとらないロボットであるアルファさんの視点で世界や人類のうつろいにそっと優しくよりそう描き口は、リアルにおいて少子化にともなう長期的な人口減少社会に生きる我々の焦りにつけるひとつの薬ではあるだろう。
芦奈野ひとしのマンガ特有の、描きこみすぎず削りすぎもしないバランスを極めたスマートな描線やセリフまわしは、読む者にほっと落ち着きをとり戻させる効果がある。
なにかと人を疲れさせるできごとに満ちたご時勢だが、このマンガを読んでいると、そんななかでも人は単なる諦念より豊かなものをくみだすことが可能なのだと感じられてくる。
とりあえずおいしいコーヒーを1杯飲みましょうかね。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7