『アルカードくん 小二版』
Moo.念平 オフィスヘリア \1,500+税
今から約120年近く前、フィクション史に特筆すべき怪物が誕生した。
ブラム・ストーカーによる小説『ドラキュラ』の吸血鬼・ドラキュラ伯爵である。
東欧から英国へ渡って乙女を毒牙にかける吸血鬼と、その退治に挑む人間の一団。シンプルな構図に奥深いドラマを込めて恐怖小説の金字塔を打ち立てた。本来、人名である「ドラキュラ」を「吸血鬼」と同義で用いる者がいるあたり、影響ははかり知れない。
さらに『ドラキュラ』の様々な設定は、映画やマンガなどあらゆるメディアが吸血鬼を取り上げていくなかで変形・拡張されてきた。
たとえば老学者ヴァン・ヘルシング教授を執念の吸血鬼ハンターとして極端にしたのも後世のアレンジだ。
そしてアレンジはジャンル自体に及び、ホラーを喜劇に置き換える例がしばしば見られる。
陽気で愉快な少年ドラキュラを描いた『アルカードくん』(小二版)もそのひとつだ。
アルカードくんは、宇宙旅行中に日本の民家の近くへ墜落した空飛ぶお城の主人。
洒落た黒マントで宙を舞い、口に鋭い牙を生やしたいかにもドラキュラ風の容貌で、名前はDRACULAをひっくり返したおなじみのアナグラムだ。だが十字架や日光はものともせず、真っ赤な血……ではなくトマトが大好物。
そんな彼に友だちと認定された人間の小学生男子が巻きこまれる日々のドタバタを描いたのが本作である。
作者はMoo.念平。
熱血少年の奮闘記『あまいぞ! 男吾』で往年の「コロコロ」読者を魅了した氏が、すぐれた短編~中編の作家でもあることを確認する際、本作はいい論拠となる。
なお「小二版」と記すのは、本作に複数のバージョンがあるためだ。
初出は1986年、「月刊コロコロ夏の増刊号」に掲載された読み切り版。この短編のみ生き血を好む吸血鬼の設定で『ドラキュラ』原典により近い。
続いて1995年、雑誌「小学三年生」と「小学四年生」にまたいで連載された“小四版”、さらに同時期「小学一年生」で始まり「小学二年生」へ繰り上がって2年間続いた本作となる。
今回あえて小二版をお題に掲げたのは、小二版2年目に登場するメルサちゃんを推したいからだ。
アルカードくんのお妃になるため強引に迫ってくるいちずなおしかけガールフレンドで、無数の蛇を頭髪にして、にらんだ者を石化するゴーゴン少女。今でいう“モンスター娘”フェチへ訴えてくる、コワかわいいキャラクターだ。
Moo.念平先生は中編『山奥妖怪小学校』で単眼の妖怪っ娘を、短編「見えないミエル」では透明人間少女を描いていたりと、異形・異質をさりげなく魅力的にあつかう傾向がある。これは人間の物語だった『あまいぞ! 男吾』からだけではうかがえないところだ。
全力プロダクション(オフィスヘリア)発行の作品集は現在やや入手が困難気味だが、氏が描く中短編の人外ファンタジー物を読むと、さらなる作家の奥行きが感じとれるのでおすすめしておきたい。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7