『いちきゅーきゅーぺけ』第1巻
甘詰留太 白泉社 \600+税
(2015年4月28日発売)
1994年、エロマンガ好きで森山塔(山本直樹)に心酔する中井純平が大学合格とともに上京、オタクライフに没入していく姿を描いた甘詰留太の半自伝的マンガ『いちきゅーきゅーぺけ!』。
本屋が一件しかない田舎で、居場所が見つけられない中井純平。唯一、彼を救っていたのは入荷数の少ないエロマンガと、同級生を脳内で丸裸にしてからの妄想をノートに書き連ねること……。
くしくも世の中は、1989年に宮崎勤の連続幼女殺人事件が起こり、その事件のショッキングさからオタクバッシングが大流行。
片田舎では彼のオタク趣味は理解されるはずがなく高校卒業まで家族にもひた隠しにする必要があった。
隠さなければいけない! という暗い情念が純平をさらに歪ませる描写が、同年代のオタクとして生きてきた筆者を呻かせるにじゅうぶんだ。なにせ、同級生の片思い相手を絵にして凌辱した後につぶやく言葉が「ザマミロ」ですからね。
そんな、妄想でパツンパツンになった純平がうっかり上京でひとり暮らしとなったものだからさあたいへん。
まず彼が向かったのは「まんがの森」。当時「まんがの森」はソレ系のマンガ雑誌に広告を出しており、エロマンガ好きにとって約束された聖地と言ってもいい存在だった。
圧倒的な品ぞろえにビビる純平が出会ったのはハーフで美人な女子、桜町・クリス・真綾。
彼女の紹介で純平は大学のサークル“ひねくれっ子マンガ集団”に入る。
普通のマンガなら、そこで個性豊かな先輩たちにあうことで自分の趣味を肯定され才能を開花するところだけど、純平が感じたのは田舎と都会の情報格差に自分は何も持っていなかったというプライドの瓦解。
もちろん放任の大学生活にもなじめるわけもなく……ってお前は俺か!
現在では広く流通している明るいオタク像がまだ一般的でなく、“ネクラ”“ネアカ”の概念も猛威を振るっていた199×年は、たしかにオタクであること、しかもエロマンガオタクであることはかなり後ろめたいことであった。
普通のエロですら、ダビングしまくって肌が緑色になったAVを決死の覚悟で貸しあったりしていたものなあ。その時の、エロやオタクを取り巻く気分がこの『いちきゅーきゅーぺけ!』には充満している。
特に、登場するマンガ作品や書店名が実際のものを忠実につかっているのもポイントが高い。「そうそう、“まんがの森”は特別だった!」、「塔山森が山本直樹で一般誌に登場した時は衝撃だったよなあ」、「うたたねひろゆきの絵の新しさはみんないっせいに真似したな」、「MEEくん、みむだ良雑を知っている、好きであるってことはたしかにマニアの大事なポイントだった!」など、当時の記憶をまざまざと思い出させてくれる。
さらに、作中にも憧れの存在として言及されている山本直樹をはじめ、陽気婢、ぢたま(某)、桃井はるこなどビッグネームが時代の証人としてインタビューに登場。
毎回、「199×年に何してました?」という質問に、当時の雰囲気をコミカルに、ときに濃く語っているのも印象的だ。
部員に美少女がいたりとサークル恋愛モノの形を借りているが、主人公・純平の心理造形や、まわりを取り巻く環境はノンフィクション以上に“真実”として、当時に若者時代を過ごしてきたおっさんである筆者に響いてきた。もちろん、当時のことも知らない若い読者にも、エロやオタク趣味を生きるよすがにするしかなかったような人には根源的な悩みとして共感できるだろう。
主人公・純平が大学に進学した1994年の4月からスタートした本作。
今後の注目としては、同年の6月にオウム真理教による松本サリン事件、95年3月には地下鉄サリン事件と大きな事件が待ち受けていることだろう。
宮崎勤事件と同じかそれ以上にオタクに対して社会の風当たりが強くなった事件でもあり、純平の通っているW大にもオウムのサークルが確認され幹部も生まれているだけに、どのようにこれらの事件を描き出すのか注目したい。
文中に登場する「ぢたま(某)」先生のお名前は、正式には◯の中に「某」です。<文・久保内信行>
編集・ライター。アニメを主食にアイドル・サブカルチャーから経済、そして料理評論家まで心の胃袋に貯まるコンテンツを愛好しています。現在「mitok」にてWeb連載中。
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