『小学館文庫 恋愛的瞬間』第1巻
吉野朔実 小学館 \562+税
「ロマンス」という言葉から、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
もともとは「ローマ的」という意味だそうで、ラテンに対して一般的な、民衆のためのものというとらえ方から、大衆向けの小説や物語を指すようになったのだとか。
今ではもっぱら「恋愛」というイメージなのではないかと思う。
じつは今日6月19日は「ロマンスの日」なのだ。
6・1・9をロマンチックと語呂合わせして、日本ロマンチスト協会が制定した。
協会のサイトに行ってみると、まさに恋愛色一色。
トップには「ロマンチストという、“大切な人を世界で一番幸せにできる人”が増えると社会全体はちょっぴりハッピーになる」との言葉も。
そんな日におすすめしたいマンガがある。
吉野朔実『恋愛的瞬間』がそれだ。
とはいえじつはこのマンガ、単に恋をしてラブラブハッピーというストーリーではなく、もっと学問として、哲学的に恋愛に迫る内容なのだ。
シリーズの中心に存在するキャラは森依四月(もりえ・しがつ)、心理学博士。専門は恋愛心理学。
週に3日は自分のクリニックで患者と接し、ほかは大学で心理学科の講義と、大学病院でのカウンセリングを行っている。
第1話の主人公である治田羽左吉(はるた・うさきち)は、運命的な恋に憧れる大学生。
彼がキャンパスで見初めたのは如月遊馬(きさらぎ・あすま)。
治田は遊馬のことをあれこれ調べ、理想のデートを妄想し、そのデートコースを実際にたしかめていて気がついてしまう。
自分はデートに向いていない。遊馬が治田の理想なのに、その理想の世界には自分自身が邪魔であると。
いっぽうの遊馬は、森依にカウンセリングを受けていた。
いつも自分が見張られている、後をつけられている。昔からそうだった、それはきっと自分のせいでもあるのだと。
森依は言う。遊馬に責任はないのだと。
「それよりお友達つくって楽しくすごしなさい」「それがあなたを護ることになる」と。
さて、そんな遊馬に治田は告白することを決意するのだが――。
こんな感じで、各話で森依は様々なカウンセリングを行う。
いつの間にかクリニックでバイトするようになった治田がストーリーに彩りを添え、遊馬との関係も徐々に深まっていく。
ここにはあらゆる種類の恋愛の形態が描き出される。
被害者と加害者、溺れ続ける者と救助し続ける者。
愛され方しか知らない天使のようなアイドルが恋を求めたり、好きになった女の子の恋人に手を出して欲望を満たす女性がいたり――。
森依のところにカウンセリングに来るような案件が主だから、それは多分に歪んでいるし、病んでもいる。
そして森依の処方はときに、常軌を逸してさえ見える。
吉野朔実が物語に光を当てるための鏡は、たいていが変形している。
もしくは極端な凸レンズか凹レンズと言ってもいいかもしれない。
でもその光の当て方が、人間心理のあちこちを拡大縮小し、思いもかけない一面をのぞかせるから、非常に興味深いのだ。
それでも人間は恋愛がしたいし、恋愛をしてしまう生き物だ。
どんな歪んだ経験もまた自分のためであるし、自分がもっとも大切にする人のためでもある。
最終巻に、こんなフレーズがある。
「真に幸福であり続けるには 自分を認める力がいる」
自分の中にあるあらゆる感情を認めることが、他人のなかにあるすべてを認めるための第一歩。
せっかくのロマンスの日なのだから、自分にとってもっとも幸福な恋愛とはどんな形か、『恋愛的瞬間』を参考に考えてみるのもよいかと思う。
<文・山王さくらこ>
ゲームシナリオなど女性向けのライティングやってます。思考回路は基本的に乙女系&スピ系。
相方と情報発信ブログ始めました。主にクラシックやバレエ担当。
ブログ「この青はきみの青」