『北のライオン』第1巻
わたせせいぞう 講談社 \1,400+税
2014年に80周年を迎えたニッカウヰスキー。
本日は、そのニッカの創業者である竹鶴政孝の誕生日である。
国産ウィスキー黎明期に奮闘する人々の姿を描いたNHK連続テレビ小説『マッサン』の主人公夫妻のモデルになったことで、いまや竹鶴政孝とその妻・リタについては、酒を呑まない層にまで格段に認知度が高まっている。
さらにドラマ効果は市場にもおよび、ウィスキーの人気と消費が急上昇して、品薄の一因になったという話題も記憶に新しいところだ。
今回はそのウィスキーを出すバーを舞台とした作品、『北のライオン』をおすすめしてみたい。
著者は、ポップアート調マンガの大家・わたせせいぞう。
わたせといえば、まっさきに名が挙がるのはなんといっても『ハートカクテル』だろう。あの透明感あふれる空の青色、華やかでスマートな恋人たちの若々しい恋の図はひと目見れば忘れられない。
しかし、『北のライオン』はそれとは趣きがだいぶ異なっている。
ウィスキーの琥珀色やバーの木造内装の赤褐色を中心に、しみじみ落ちついたカラーリングが随所に施され、とても渋い読み味をかもし出しているのだ。
その渋さを一身に支えるのが、主人公の人物造形。
彼の名は通称「Mr.ライオン」。死別した妻の祖国・日本で、日本語を全然しゃべれないまま暮らしている中年の外国人男性である。
トレードマークはきりっと逆ハの字に上がった太い眉毛に、よく整えられたアゴひげ……まるで大柄なライオンめいた威厳ある容貌で、街角のバーを経営している。
亡き妻との思い出を胸に温めながら、店内のウィスキーやお客さんと共有する時間を静かに受け止めてカウンターに立つ男の姿には、ひとりの相手にささげて燃やす若い恋愛ではなく、何者に対しても深く広く注がれる大人の慈愛がにじみ出ている。
人生の明るく幸せな時代が過ぎたあとの、わびた秋晩を表現する引き出しもわたせ作品にはあるのだと確認できる本作。
ウィスキーをたしなむように、腰を落ちつけてちびりちびりと読んでみてはいかがだろう。
<文・宮本直毅>
ライター。アニメや漫画、あと成人向けゲームについて寄稿する機会が多いです。著書にアダルトゲーム30年の歴史をまとめた『エロゲー文化研究概論』(総合科学出版)。『プリキュア』はSS、フレッシュ、ドキドキを愛好。
Twitter:@miyamo_7