365日、毎日が何かの「記念日」。そんな「きょう」に関係するマンガを紹介するのが「きょうのマンガ」です。さて、本日読むべきマンガは……。
『天にひびき』第1巻
やまむらはじめ 少年画報社 ¥571+税
1959(昭和34)年の9月12日は国際的に有名な指揮者、小澤征爾(当時24歳)がブザンソン国際コンクールで優勝した日である。
これこそが、無名の日本人青年が“世界のオザワ”として名をなしていく快進撃の第一歩。欧米のコンクールで次々に入賞、名匠と呼ばれるカラヤンやバーンスタインに師事し、内外の大舞台で活躍するに至るのだ。
「クラシックをやるためには本場の人を知るべし」と単身ヨーロッパに渡り、スクーターで駆けまわりながらコンクールの優勝を勝ち取った若き日々は、自伝的エッセイ『ボクの音楽武者修行』に詳しい。コネもない若者が、自分の才能と運と機動力で世界にぶつかっていくさまは、マンガのように痛快。型破りな小澤征爾のキャラクターもマンガ顔負けかも!?
手練れの演奏家集団であるオーケストラを率いる指揮者には、カリスマ性が不可欠だ。マンガに描かれた指揮者といえば、真っ先に思い浮かぶ『のだめカンタービレ』(二ノ宮知子)の千秋先輩はルックスにも恵まれたエリートだが、ソフトに見えてなかなかの俺様気質。『マエストロ』(さそうあきら)の主人公・天道徹三郎は、口も悪けりゃ素行も怪しげ。そんな小汚い爺さんが、オーケストラの実力を引き出す様にワクワクさせられる。
さて、そこで紹介する『天にひびき』は世界的にも希少な女性指揮者を描く物語だ。
ヒロイン・曽成ひびきは、有名な指揮者の父を持つサラブレッド。小学生のときに、初対面のオーケストラをまとめ上げたこともある天才少女だ。
本作は、音楽大学を舞台にプロを目指す若者たちの群像劇である。ただし、もうひとりの主人公である久住秋央はヴァイオリン科に所属するものの、“夢にあふれた1年生”ではない。
幼小時から習っているヴァイオリンくらいしか取り柄がないという消極的な理由で音大に進学した秋央は、ともすれば周囲の自信満々な同級生たちに気圧され気味である。
秋央は、小学生時代のひびきの“伝説の指揮”の目撃者でもあり……それが彼に高い理想をもたらすとともに、己の才能の平凡さを突きつけられることにもなっていたのだ。
しかし、秋央は、音大でひびきと再会。図抜けた天才を目の当たりにし、折れかけた彼の心に再び火がつく! ひびきの作り出す音楽の魔法に否応もなくひかれ、苦しみながらも前に進もうともがくのは「ひびきが指揮をするオーケストラでコンサートマスター(第1ヴァイオリンの首席奏者)を務めたい」という一心からだ。
いかにひびきが天才指揮者であろうとも、音楽はひとりで作ることはできない。
孤独なポジションに立つ者の苦悩、切磋琢磨しあう音楽の世界、その厳しさと理想を形にする喜びを、様々な立場から描いた作品である。
<文・粟生こずえ>
雑食系編集者&ライター。高円寺「円盤」にて読書推進トークイベント「四度の飯と本が好き」不定期開催中。
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