日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『モンテ・クリスト』
『モンテ・クリスト』第4巻
アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』(作) 熊谷カズヒロ(画) 集英社 ¥600+税
(2015年10月19日発売)
19世紀のフランスの小説家アレクサンドル・デュマが著した『モンテ・クリスト伯』。日本での紹介は、黒岩涙香(くろいわ・るいこう)が『史外史伝巌窟王』の題名で翻案し、新聞「萬朝報(よろずちょうほう)」に1901年から翌年にかけて連載したものが最初であった。
その後も映画、テレビドラマ、アニメ、舞台(もちろんマンガも)と様々な形で描かれてきたエドモン・ダンテスの復讐譚を『サムライガン』などを手がけた熊谷カズヒロがマンガ化したのが本書『モンテ・クリスト』である。
舞台は1820年代のフランス。博物学者エドモン・ダンテスは、恋人メルセデスとの婚約披露パーティーの席上で政府への反逆容疑で逮捕される。
それはメルセデスの従兄弟フェルナンが、彼女に横恋慕して企てた陰謀であった。ダンテスは、身に覚えのない罪状で終身刑を宣告され、城塞監獄シャトー・ディフに収容される。
この監獄でダンテスは、人生の師となるフォリア神父と出会う。長い獄中生活で焦燥に駆られるダンテスに対して、フォリア神父は「待て、しかし希望せよ」と諭すのであった。
投獄から14年の歳月が流れ、フォリア神父はダンテスに、とある無人島に向かえと告げて息を引きとる。そして、ダンテスは神父の死体と入れかわり、脱獄に成功した。
フォリア神父に告げられたモンテ・クリスト島でダンテスを待っていたのは、神父たちが蓄えていた莫大な財宝と古代遺跡であった。遺跡の不思議な力で、強靭な身体能力を得たダンテスは、モンテ・クリストと名乗りみずからを陥れた者たちへの復讐を開始する。
熊谷は原作の骨格は残しながらも設定を追加して19世紀に作られた物語に現代的な生命を吹きこんでいる。
作品世界の描き方については、時代・場所こそ原作と同じ19世紀のフランスとしているが、本作では蒸気機関が発達して巨大な機械・装置が作動する世界になっている。このあたりはスチームパンク的でもあり、また宮崎駿のアニメーションを想起させる。
原作にない「永劫教会」なる組織を創造したのは絶妙な改変であった。
じつは、ダンテスが無実の罪をきせられた理由は、原作ではすごく卑小なものだったのだ。
原作のダンテスは一等航海士なのだが、ダンテスが若くして船長に出世することを妬ましく思った会計士のダングラールが、フェルナンを唆して告発状を出させた――というものだったのだ。そんな妬み・嫉みが復讐譚のきっかけでは、19世紀の人々は納得しても、21世紀のマンガ読みにはカタルシスを与えられない。
だからこそ、ダンテスが罪を着せられたのは「永劫教会」の秘密に図らずも迫ったためだったと改変して、戦うべき相手をより巨大にし、物語にスケール感を持たせているのだ。
熊谷カズヒロの絵は、手塚治虫の絵に似ていてどこか懐かしさを感じさせる。
その少し懐かしい絵が、金田伊功(ちょっとたとえが古いかな)を思わせるパースの効いたレイアウトで動くアクションシーンは、本作の見どころのひとつである。
本作は10月に出た第4巻で完結となった。ぜひこの機会に古風な復讐譚を、熊谷カズヒロがどのようにアレンジしているかを楽しんでほしい。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。『本格ミステリベスト10』(原書房)にてミステリコミックの年間レビューを担当。最近では「名探偵コナンMOOK 探偵少女」(小学館)にコラムを執筆。