日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『母はハタチの夢を見る』
『母はハタチの夢を見る』
逢坂みえこ 講談社 ¥429+税
(2016年7月13日発売)
平穏に年を重ねた母親が家族を見て「どなた?」。
今や、だれにでも起こりうるひとコマだ。
息子である良介は、認知症で20歳の頃に精神が戻ったような75歳の母の面倒を見ようとするが……。
『永遠の野原』、『火消し屋小町』などで知られる逢坂みえこの、親族の実体験がベースだそう。
だれからも好かれる優しいタッチと明快な構成、『ローマの休日』の名シーンを織りこんだロマンチックさもあり、悲愴感は少ないが、作者の持ち味であるクールな観察眼はしっかり生きている。
自分の存在を拒否していると解釈し、躍起になって認知症を否定する父、自分を弟や恋人と思いこんで頼ってくる母に孝行しようとするあまり、自分の家族をないがしろにしてしまう息子などなど、コミカルに描かれているが、悲劇の連鎖の発端として、いかにもありそうなふるまいだ。
認知症というとかたいが、20歳の自分が老人の姿になってしまい、知らない人が家族だといい張って閉じこめようとする、と考えれば当人の気持ちを想像しやすいかもしれない。
まるで悪い魔法かパラレルワールドだ。
それこそマンガなら策を講じれば脱出できるが、現実はそうはいかない。さらに、家族の愛ですら、残念ながら特効薬にはなりえない。
ただ、その後の生活の質は、家族の理解で大きく変わるのもたしかである。
大切な人に忘れられるのはつらいことだ。
しかし、本人にとっては、思い出せる機会があるたびに「こんな宝物があった」と気づく喜びが増えるのかもしれない。
認知症にまつわる絶望感やつらさを描くエッセイなどの作品は数多く、きれいごとですまないのも重々承知だが、希望を抱かせる物語も、超高齢社会を生きる私たちの糧になってくれるのだ。
<文・和智永 妙>
「このマンガがすごい!」本誌やほかWeb記事などを手がけるライター、たまに編集ですが、しばらくは地方創生にかかわる家族に従い、伊豆修善寺での男児育てに時間を割いております。