日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『将棋の渡辺くん』
『将棋の渡辺くん』第2巻
伊奈めぐみ 講談社 ¥800+税
(2016年8月9日発売)
子供の頃の話になるが、私は将棋の世界に「竜王」というタイトルがあるのを知って、「ファンタジーじゃん!」とテンションが上がった覚えがある。
考えてみれば将棋界は、全国各地から将棋という駒を操る魔法&異能を持った若者たちが集まって、死闘を繰り広げる闘技場。どこか一般社会から切り離された、本当にファンタジーワールドに思える。
その魔法&異能バトルの舞台に、最近ではコンピュータ(AI)という機械が入りこみ混乱する姿は、ここ数年流行のSFファンタジー小説のようだ。
さて、話が脱線したが、その「竜王」というタイトルを20歳で奪取し、9年間君臨し続けたのが渡辺明竜王。
落ちついた見た目と物怖じしない態度から、「怖いもの知らず」「ふてぶてしい」といった印象を持たれることもあったが、このマンガで一変した。
『将棋の渡辺くん』は、奥さんの伊奈めぐみさんが、知られざる渡辺竜王の私生活を間近で観察して描きあげたノンフィクションコミック。
トップに君臨する棋士のプライベートや意外な性格が次々と明かされ、第1巻は大反響を呼んだ。
例をあげるときりがないが、最大の衝撃は、渡辺竜王がぬいぐるみと話をする「ぬい」マスターだったこと!
家にある大量のぬいぐるみにはすべて名前がつけられ、寝る時はお気にいりの子といっしょ。ぬいぐるみをとおして息子と会話したり、ぬいぐるみが捨てられそうになってあわてふためいたり……。
ビシッと和服を着て対局している姿からは微塵も想像できない「ぬい」好きの顔。そのギャップがたまらない。
今回の第2巻でも、そうしたお茶目な姿が満載。将棋には真剣だが、若くして棋士になったぶん、一般的な常識にはうとい。どこかアンバランスな面も魅力だ。
将棋の難しい話はいっさいないので、将棋のルールを知らなくても大丈夫。
プロ棋士という少し変わった職業のお仕事ものとしても、トップ棋士のほのぼの日常ものとしても楽しめる、前代未聞の1冊だ。
<文・卯月鮎>
書評家・ゲームコラムニスト。週刊誌や専門誌で書評、ゲーム紹介記事を手掛ける。現在は「S-Fマガジン」(早川書房)でファンタジー時評、「かつくら」でライトノベル時評を連載中。
「The Differencee Engine」