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『フイチン再見!』 第8巻 村上もとか 【日刊マンガガイド】

2016/10/05


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『フイチン再見!』


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『フイチン再見!』 第8巻
村上もとか 小学館 ¥552+税
(2016年8月30日発売)


女流漫画家の草分けのひとり・上田としこを主人公に、日本マンガの黎明期を描く『フイチン再見!』。
太平洋戦争の終焉、満州ハルピンからの引き上げ、父親との死別、姉の反対を押しきっての結婚、戦後の復興と少女マンガの勃興、悪書追放運動……。
めざましい発展をとげ日本全体が急速に移りかわるなか、自分の足場を自分自身の力で切り拓いていく上田の歩みが時代の流れとともに描かれる。

戦後の日本で人気作家としての地歩を固め仕事量が増えていくとしこ。
一方、結婚生活は6年目を迎えていたが、順風満帆な漫画家生活とは反対に、夫との間には溝が深まっていく。

自分が妊娠したことも告げられないまま連日の仕事に追われたとしこは、ついに流産してしまう。
自分の身体を気づかい休載をすすめる夫の申し出を、としこは「売れっ子だからこそ描き続けなきゃいけないのよ!」と一蹴する。
「漫画描きたくて赤ちゃん亡くしてしまったようなものだもの…」
「描かないなんて…許されないよ」というとしこの決心が壮絶だ。

講談社「少女クラブ」から依頼された新連載のアイデアが思いうかばないまま机に向かうとしこだったが、編集長の言葉から楽しかった戦前のハルピン暮らしを思い出し、コックの馬(マー)さんの娘・フイチンさんをモデルに新連載の主人公を思いつく。
しかし、相手を気づかい続ける結婚生活は、としこの精神を限界にまで押しやっていた。
「もう…描けない…息も…できない!」

としこは結婚生活を解消し、実家に戻って一心不乱に原稿に向きあう。
実家を訪れた夫の健に、としこの母は「産ませてやってください」と語る。
「としこにとって漫画は我が子のようなものでしょう」
「今…新しい子を産もうとしている大切な時でございます…」
昭和31年(1956年)の暮れ、ついに『フイチンさん』が誕生した!

どん底のような状態から作家が生みだした代表作というつながりで、少年誌から見捨てられた状態で描かれた手塚治虫にとっての『ブラック・ジャック』、そして、『21エモン』『モジャ公』が児童からの支持を得られないなかで描かれた藤子・F・不二雄にとっての『ドラえもん』といった作品の逸話を連想させる。

また、この巻では師匠の松本かつぢが取った妹弟子・田村セツコが初登場する。
のちにファッションイラストやグッズ、児童書のイラストレーションなどで女子から圧倒的な支持を受けることになる田村セツコだが、その本人もお人形のような愛らしさで描かれている。
妹弟子の思わぬ登場に「あ……愛くるしい!!」と内心動揺するとしこも負けずにかわいいので、要チェックだ。

「もはや戦後ではない」と経済白書に記された年に産声を上げた『フイチンさん』。
『フイチンさん』は読者の圧倒的な支持を受け、上田としこの代表作となっていく。



<文・秋山哲茂>
フリーの編集・ライター。怪獣とマンガとSF好き。主な著書に『ウルトラ博物館』『ドラえもん深読みガイド』(小学館)、『藤子・F・不二雄キャラクターズ Fグッズ大行進!』(徳間書店)など。構成を担当した『てんとう虫コミックスアニメ版 映画ドラえもん 新・のび太の日本誕生』が発売中。4コマ雑誌を読みながら風呂につかるのが喜びのチャンピオン紳士(見習い)。

単行本情報

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