日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!
今回紹介するのは、『最果てにサーカス』
『最果てにサーカス』 第3巻
月子 小学館 ¥685+税
(2016年10月12日発売)
中原中也――というと今だと『文豪ストレイドッグス』に登場するポート・マフィアの武闘派幹部(能力名「汚れつちまつた悲しみに」)のイメージの方が強いかもしれない。
実際の中原中也は、1937(昭和12)年に30歳で病没するまでに350編以上の詩を残し、『ランボオ詩集』などの翻訳も手がけた、夭折の詩人である。
その作品としては、能力名にもなっている「汚れつちまつた悲しみに」をはじめ、
「月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちてゐた。」
で始まる「月夜の浜辺」や、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」といった独特なオノマトペに才能のひらめきを感じさせる「サーカス」といったところが有名であろうか。
その中原中也と『無常といふ事』、『本居宣長』などをものした文芸評論家・小林秀雄の若かりし頃の交流と愛憎劇、そして中也の愛人の女優・長谷川泰子を挟んだ、三角関係を描いたのが本書『最果てにサーカス』である。
舞台となった時期を、Wikipediaの中原中也の年譜から抜粋すると、次のとおりとなる。
・1923(大正12)年 冬 劇団表現座の女優で広島出身の長谷川泰子を知り、翌年より同棲。
・1924(大正13)年 富永太郎と出会い、フランス詩への興味を抱く。
・1925(大正14)年 小林秀雄と出会う。
同年3月 泰子とともに上京。(略)
同年11月 泰子が小林の元に去る。富永太郎病没。
富永太郎は、小林秀雄らと同人活動を行っていた詩人で、24歳で結核のため早世した。富永が京都滞在時に中也と出会ったことで、中也と小林とがつながったわけである。
このわずか5行でおさまる出来事から、著者は、ドラマを作り上げ小林秀雄と中原中也の“文学の同志”としての絆を描き出している。
あまたの文献を参照しながらも、それにとらわれることのない著者の自由闊達な筆致で、無名時代の小林秀雄と中原中也の物語が描かれていく。
無邪気なようで、すべてを見透かしているような恐さも秘めた中原中也。
生真面目で老成した風でありながら、随所に“若さ”を見せる小林秀雄。
2人を振り回しているようで、2人に翻弄されているようでもある長谷川泰子。
こうしたキャラクターたちがじつに魅力的に描かれている(個人的には、第3巻142ページの小林に蜜柑を差し出す、泰子のカットが、彼女のヴァンプぶりが良く表れていてお気に入りである)。
本書は第3巻をもって「第一部・完」となったが、3人のドラマはこの先もあるので、続編を期待したいところである。
<文・廣澤吉泰>
ミステリマンガ研究家。、「ミステリマガジン」(早川書房)にてミステリコミック評担当(隔月)。「本格ミステリ・ベスト10」(原書房)でミステリコミックの年間レビューを担当。