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『汚れた戦争 1914-1918』 タルディ、ヴェルネ(作) 藤原貞朗(訳) 【日刊マンガガイド】

2017/02/10


日々発売される膨大なマンガのなかから、「このマンガがすごい!WEB」が厳選したマンガ作品の新刊レビュー!

今回紹介するのは、『汚れた戦争 1914-1918』


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『汚れた戦争 1914-1918』
タルディ、ヴェルネ(作) 藤原貞朗(訳) 共和国 ¥3,500+税
(2016年12月10日発売)


始まらないと思っていた戦争が現実になり、すぐ終わると思っていた戦争が長びいて泥沼化し、勝ったはずの戦争で身体も国土も深く傷つき、嫌々ながら参加したり、逆に喜び勇んで参加したりしたあらゆる兵士が恐ろしいほど疲れ果て、避けがたく汚れ、病み、腐臭と体臭にさいなまれ、そして死んでいった。

近代フランスのトラウマともいうべき「第一次世界大戦」を、フランスのマンガ(BD、バンドデシネ)界の巨匠タルディが、あるひとりの兵士の視点から描く。
本書の後半に収録されたヴェルネの解説を読むと、フランスが第一次大戦に突入し泥沼にハマっていく様子と、日本が太平洋戦争につき進んでいった姿が重なって見えてくる。

戦争が始まる前は、問題は外交で解決され、開戦は回避されるだろうと思われていたこと、当初は短期決戦ですませる予定だったのだか、その目論見が破綻してしまい、軍需産業も軍事技術も敵国に及ばない状態で、士気を保つために景気のいい情報を喧伝(けんでん)することになる……。

戦場には、前にも後ろにも敵がいる。第一次世界大戦のフランス軍にとっては正面の敵はドイツ軍、背面の敵は「敵前逃亡」を理由に自軍の兵士を処刑する上官や憲兵たちだった。

本作には、次のような一節がある
“「祖国のための死」を逃れる余地は、我われにはほとんど残されていなかった。
(…)我われは、あたかも「英雄のように」任務に就いたが、それはなかば強制され、そうするほかなかったからである。”

「祖国のための死」と隣りあわせに生きた人々がどのような日々を生きたのか。
泥と血にまみれ、不衛生な環境で、愛する者たちから隔離されて生きた人たちの姿は、端的にいえば壮絶だ。

しかし、本作で驚くべきなのはその画面が、壮絶でありながらどこかかわいらしいということだろう。
飛び散る血飛沫や肉片、屍体からこぼれ落ちる臓腑など、考えてみれば正視にたえられないはずだ。
それなのに、タルディの描く画面は淡々として、洒脱ですらある。
スタイリッシュなのに嫌味がなく親しみやすい。テーマの重苦しさに対して、その重圧で読者を押し潰すのではなく、単に共感させようという意図がきちんと機能しているのだろう。

本書と同じく美しくも衝撃的な表紙が印象的な『塹壕の戦争』が、この巨匠の最初に邦訳された作品であり、同じ版元からなかば姉妹作のように続けて刊行されたのが本書である。
フランス軍の初期の軍服の色(青と赤)に合わせているとおぼしき鮮やかさは、近代の戦闘においては純粋に悲惨な結果を招くことになった、愚かしいこの軍服の勇ましさと空虚さを同時に象徴している。あわせて読みたい。

2冊合わせて買うと7000円を超える高価な本だが、2冊は続き物でもないのでどちらかだけを買ってもいいだろう。厚さのわりに読みごたえは充分。
太平洋戦争の記憶が遠のきつつある現在、再び軍靴の音が近づきつつあると感じる、すべての人にオススメの作品だ。



<文・永田希>
書評家。サイト「Book News」運営。サイト「マンガHONZ」メンバー。書籍『はじめての人のためのバンド・デシネ徹底ガイド』『このマンガがすごい!2014』のアンケートにも回答しています。
Twitter:@nnnnnnnnnnn
Twitter:@n11books

単行本情報

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