人気漫画家のみなさんに“あの”マンガの製作秘話や、デビュー秘話などをインタビューする「このマンガがすごい!WEB」の大人気コーナー。
今回お話をうかがったのは、松田奈緒子先生!
新米編集者・黒沢心を中心に、マンガをたくさんの読者に届けるべく日夜奮闘する出版業界人たちを描いた『重版出来!』。
2016年にドラマ化したことで話題となり、2014年以来、『このマンガがすごい!2017』オトコ編第12位に再びランクインした”熱血お仕事マンガ”です。
前回に引き続き、著者の松田奈緒子先生に、出版社を取材するなかで印象に残ったことや、松田先生の独自のネームのつくり方、、そして先日発売されたばかりの最新第9巻の見どころなどについておうかがいしました!
頭のなかに浮かんだシーンやセリフを
つなぎ合わせながらネームをつくる
――いいものをつくることを目指すにしても一生懸命のかたちもそれぞれなんだなというのが、読んでいて思うところです。たとえば編集部の安井さん。彼は熱血編集だったこともあるけど、今は自分のリスクは少なく要領よくやっていることが一部で叩かれもする。あの人が悪役として描かれないことに、いろんな正解が提示されているのかなと感じます。
松田 たぶんマンガとしてはもっと悪役をつくってキャラクター化したほうがいいんだろうなとも思うんですけど。それをやると自分が今まで描いてきたマンガと違うものになってしまうなと。悪役は悪役に振ったほうが読みやすいんだろうなと思いながら踏みとどまっているという状態ですね。
――そこには葛藤があったんですね。でも、結果いろんなスタイルの人を否定しないところが読んでいて心地いいです。
松田 それをいいと思ってもらえたらありがたいですが、実際は心地いいと感じる方と、生ぬるいと感じる方がいるんじゃないかと思うんです。こいつは悪いヤツだから徹底的に懲らしめられるべきというふうには描いていないので、スカッとはしないでしょう。人はそれぞれいろんな感情や事情があって生きているんですよという姿勢で描いているので。
――たしかに。ですが、編集者のマンガでいえば『働きマン』(講談社)や『編集王』(小学館)、漫画家ものなら『バクマン。』(集英社)などは全力投球でスカッとするよさがある。一方で、昨今「全力でがんばる」がよしとされることが息苦しい、つらいと思ってる人は多いと思うんです。
松田 人にいわれたからとかじゃなくて、根っこが「自分がここまで行きたいからがんばる」「好きだからがんばる」ならベストだと思います。「がんばるのが美徳、がんばらないヤツはダメ」と掲げられたらキツイですよね。私もできるだけ寝ていたいタイプなんで(笑)。ちなみにこのマンガを読んでいない人に暑苦しい“「がんばれ」マンガ”と誤解されてるんじゃないかなという懸念はあります。
――「元オリンピック選手候補の柔道女子が出版界に」という情報だけを見ると、そう思われる可能性はありますね。そういえば、営業の小泉さんが「がんばれという言葉が嫌い」というシーンがありました。
松田 小泉くんは思い入れのあるキャラクターですね。編集をやりたかったのに営業に配属されてずっとふて腐れてたけど、気持ちを変えて営業でがんばっていくようになる。会社って、自分がやりたいことをやらせてもらえる場所じゃないし、いい感じでやってたのに急に配属を変えられることもあるじゃないですか。そういう理不尽さを乗りこえてハッピーでいられるようになった小泉くんは偉いなといつも思っています。
――出版社の営業さんを取材したなかで、印象に残っていることはありますか?
松田 顔に「一生懸命売ってます」が出る人は得。クールな人は熱意はあっても伝わりにくいのかなあと……。向き不向きはあるんでしょうね。
――小泉さんも、書店員さんに「興都館の営業さんはユーレイみたい」とかいわれてましたね(笑)。
松田 取材では営業さんの集まりに呼んでもらったりもして、いろいろお話を聞きましたが、本屋さんで営業トークをしている現場に偶然居合わせたらこっそり聞き耳を立ててますよ。営業さんの後ろにさりげなく立って……ものすごく熱いトークに感心したり(笑)。
――『重版出来!』には名セリフ、名シーンがたくさんありますが、なんといっても1巻の「俺たちが 売ったんだよ!!!」にはゾクゾクしました。小泉さんも報われましたよね!
松田 あれは……ストーリーを考えるより前に、パッと頭に浮かんでいた絵ですね。セリフも含めて。指摘されてあとで気づいたんですが、背景がベタでセリフをしゃべっているときは、だいたい頭の中に浮かんだ絵なんですよ。社長が「本が私を人間にしてくれたからです」という場面もそう。
――先生が日頃思っているようなことが、シーンとして出てくるんですか?
松田 そのへんがナゾなんですよね。なんか出てくる……としかいえないんですよね。今まで読んだマンガや本、観た映画とか、人と話したことや経験などが堆積していって、「このキャラクターだったらこういうこというだろうな」というイメージとつながって、降りてきた言葉なのかな。
――その「絵」に到達するために話を組み立てていったのでしょうか。
松田 そこまでもとがゼロなわけではなく、ポツポツと駅みたいなものはあるんですよ。それも絵なんですが。大きい駅と小さい駅みたいな感じかな。大きい駅が見せ場。頭のなかにストックされている絵を見つけて「こことここがつながるんだ」とか「なんでこの人こんなこといってるんだろう」と考えながらパズルのように当てはめていって、それをページ数におさめるというのが私のネームのつくり方です。
――ずっとそういうつくり方ですか?
松田 はい、『レタスバーガー プリーズ.OK,OK!』の頃からそうでしたね。ネームは頭に浮かんだ絵をつなぎ合わせてつくるタイプと、筋書きをつくるタイプに大別されるみたいです。私の友人は絵からつくるタイプが多いですね。これ、たくさんの漫画家さんに調査してみたらおもしろいんじゃないかな。
――ちなみに、先生ご自身のお気に入りのシーンは?
松田 全部必死で描いてるので全ページ好きなんですが……自分の個人的な喜びはいい表情が描けること。いい顔が描けたと思った時は、見せ場かどうかと関係なくうれしいです。たとえば顔に限らず、黒沢が電話をとる時に手がびよーんと伸びるとか……下絵のときにひゃっと描いちゃう。そういうのが自然に描けた時に盛り上がりますね。
――おもしろく描こうという意図じゃなく、ひょいっと出るんですね。
松田 「黒沢って、こんな人」というイメージがピタッと絵にできた時、黒沢さんといっしょになった感じがして。「た〜のし〜い!」ってなります!
――どのキャラクターに対しても、そうありたいと思っているわけですね。
松田 私には同じ顔を描けないんです。同じ顔をスタンプのように描けるのがプロだと思うんですけど……でも、その分というのも変ですが微妙な表情の変化をとらえられると私は幸福なんですよ。それが読者さんにとっての幸福であるかどうかはわからなくて……そこは今、自分は試されてるような気がします。
第9巻は、ついにあのイケメン五百旗頭の恋愛事情が明らかに!?
――本作は、松田先生がこれまで描かれてきたものとは、スタイルも語り口も違っていると思います。ここで挑戦したかったこととは?
松田 青年誌という場で連載するにあたって、今までよりもっと多くの人に読んでほしいという気持ちがありました。女性誌で描かせてもらっている時は、私は趣味のいい少数精鋭の読者の方に支えられていたと思う。それはすばらしいことで、だから今ここにいると思うんですが……。そこは大事でありつつ、もうちょっと広い層の方に喜んでもらえる作品が描けたらいいなと思って始めました。
――苦労するのはどんなことでしょう。
松田 苦労はないですが、今もまだ手探りともいえます。完全に青年誌スタイルにしたほうがいいのかなと思ったり、いやそれでは自分が描く意味もないかなと思ったり。
――結果、非常に広い層の読者に読まれていると思いますが。
松田 そうですね。サイン会に80歳の方が来てくれたのには驚きました。ドラマを観て、人生で初めてマンガを読んだそうで。
――実写ドラマも大変な人気で、これをきっかけに原作マンガのファンも増えたことと思います。先生ご自身、ドラマを観ての感想は?
松田 素晴らしかったです。原作と違うところも多かったんですが、脚本家さんは、マンガのよさと俳優さんが演じるというよさをミックスしてつくってくださったなと思うんです。美術も細部まで行き届いていましたし。視聴率目当てでキャッチーに盛るのではなく、原作の意図を100%汲んでくださったミラクルな出来だったと思います。原作を損なわないように尊重してくださったのが本当にありがたかったです。
――いよいよ単行本も第9巻となりますが、メインのキャラクターたちにどんどん新しい動きが出ています。これから描きたいエピソードは?
松田 五百旗頭の恋愛事情を描きたいんですけど……。
――そこはぜひうかがおうと思ってました(笑)。「月刊!スピリッツ」の5月号でチラッと匂わされていたので。
松田 ……なんですけど、どこまで描いていいんだろうと。このマンガ、あくまでお仕事の話が軸なので。
――五百旗頭さんって、女性の人気高いんじゃないですか?
松田 すごく人気ありますよ。で、しかも小学館の男性編集者みんなが「俺がモデルだ」っていってる(笑)。面と向かっていわれたら、みんなに「そうですよ」と答えてます。
――いい話ですねぇ(笑)。黒沢さんに厳しいこともいうけど、ほめるときはちゃんとほめてくれる理想の上司! イケメンで漫画家さんからの信頼も厚く、冷静だけど熱さもあって。
松田 恋愛話を始めるとなると、今までの自分のやり方だと相当つっこんだところまで描いてしまうので……それをやっていいのかどうか考え中です。
――ドラマ化に際して、ドラマ製作チームの方とと話している時に松田先生がこの構想を話したら、猛反対を浴びたそうですね。「そんな赤裸々に描かないでください」って(笑)。
松田 「フィール・ヤング」に載るならともかく……ってことなんですよ(笑)。
――いっそ恋愛パートだけ別の雑誌で描くとか? 『グラップラー刃牙』(秋田書店)であったじゃないですか。「週刊少年チャンピオン」の連載なので、セックス描写が出てくるパートだけ「ヤングチャンピオン」に期間限定移籍で掲載されたという。
松田 なるほど、そんな手も。でも、本当にここは悩みどころなんです。
――黒沢さんの恋愛はどうですか? 黒沢さんがひとり暮らしを始めたのってそういう布石なのかと思ったりもしたんですが。
松田 そこは、みんなが黒沢の恋愛話を読みたいかどうかっていう……。
(一同爆笑)
松田 そういえば、少女マンガをずっと読んできた方や少女マンガの編集さんみんなに、黒沢さんと一寸のことをいわれるんですよ。一寸が彼女と別れたときに、「いないかねぇ いい女」というシーン。その下のコマに黒沢がいるのを「あれフラグですよね?」と……。私はそんなこと1ミリも考えてなかったんですが。
――恋愛フラグを嗅ぎつける能力が発達してるんですね。
松田 私が少女マンガで売れなかった理由はそれか、と思いましたよ(笑)。まあ、もし黒沢の恋愛を読みたいという声があれば……。キャラクターそれぞれの人生は個別にファイルされてるので描けなくはないんですけど、出していいのかどうか……。
――なんでそんなに笑いをこらえてるんですか(笑)。いや、ふつうにヒロインなんですから、あってもいいんじゃないかなぁと。黒沢さんが恋をしたときにどんなふうにアプローチするのか純粋に興味があります。では、最後に読者の方にメッセージをお願いします。
松田 『重版出来!』を読んでいない方がいらっしゃったら、騙されたと思って読んでみてくださるとうれしいです。それで明るい気持ちになってもらえたらうれしいなと思っています。これからもがんばります!
――松田先生、ありがとうございました!
『重版出来!』第9巻
松田奈緒子 小学館 ¥552+税
(2017年4月12日発売)
取材・構成:粟生こずえ
松田奈緒子先生の『重版出来!』
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